私から全てを盗っていった女
「私、サユリさんに憧れてるんです」
そう言う彼女を、とても可愛いと思った。
彼女は仕事が遅かったしミスも多かった。
でもそんなことを言われたら、可愛がるのが人の心情だ。
仕事中ふと気付くと、私をじっと見つめている彼女の視線に気付く。
最初は気にならなかったが、それが何回も続くと気に障るようになった。
「勘違いじゃないと思うんだ。私のこと見てるよね?」
パソコンに向かう彼女の背後から、身をかがめて彼女の耳元にそう告げると、彼女は言った。
「すみません。サユリさんに憧れてるので色々マネしたくて」
ここでもまた可愛い返しだ。
彼女は私の中の可愛い後輩の位置をがっちりキープした。
それから実際、彼女は私のことをコピーし始めた。
髪型から始まって、ネイルの色、ファッションのテイスト。
当時私はパーカーのボールベンを使っていたのだが、気が付いたら色違いで彼女がそれを持っていた。
気味が悪くなった。
服のブランドはどこが好きかと聞かれて、ついお気に入りのセレクトショップの名を口にした。
それ以降、私はそのショップの服を買えなくなった。
なぜなら、新作が出るとすぐに彼女がそれを会社に着てくるのだ。
彼女は私から色々盗っていった。
最終的に彼女が私から盗ったもの。
当時社内で付き合っていた彼。
でも、私が盗られて一番嫌だったもの、それは実は、彼ではない。
一番許せなかったもの、それは香水。
あれだけはどうしても許せなかった。
彼女が私の香りを盗ってすぐ、私は自分の香水を変えた。
これは私にしてみれば、非常に腹立たしいことだった。
彼女のせいで自分のアイデンティティを塗り替えなければならないような苛立ちを覚えた。
その日、21時を過ぎても “彼女に盗られた男” は、まだデスクで残業をしていた。
彼女はいなかった。
私は、鞄に入れて持ち歩いていた新しい香水のボトルを手に取り、“彼女に盗られた男”の背後に回ると、その背中に香水を吹きかけた。
勘のいい彼女のことだ。
気付かないわけがない。
疑念が彼女を苦しめたのかどうか、知る由はない。
それから一ヶ月もしないうちに、彼女は彼を捨てた。
そしてそれから一ヶ月後、会社からもいなくなった。
一体彼女は何をしたかったのだろう。
他人のものが欲しかったのだろうか。
他人から奪うことがしたかったのだろうか。
たやすく奪われて声も出せない私を笑いたかったのだろうか。
たやすく奪われるほどに、人のあらゆる要素はイージーだと思い知らせたかったのだろうか。
それとも、私に憧れていた、ただそれだけだったのだろうか。
今も彼女は、誰かをコピーして、誰かの何かを盗って、奪い尽くすとそれを捨ててを繰り返しているのだろうか。
ふと自分に聞いてみたくなる1000の質問 #2
誰かのものを奪いたいと思ったことはありますか?