【小説】招き男 #6 寝室から出てきたもの
もう一週間以上、美雪さんを見かけていない。
ここのところ残業続きで、この家で夕飯を食べたり、居間でくつろぐ時間も余裕もなかった。私が出勤する時間は、美雪さんはまだ寝ているから、顔を合わせるタイミングがないまま、今日まできてしまっている。
居間のソファに腰掛けて、食後のコーヒーを飲みながら、こんなに早く帰れたの久し振りだな、と一息ついたところで、二階から叫び声とも怒鳴り声ともつかない、甲高い声が聞こえてきた。
咲ちゃん?
私は二階に急いだ。
廊下の突き当たり、向井さんの寝室の前で、咲ちゃんが立っている。
「さっきの声、咲ちゃん?」
少し離れたところから私が聞くと、咲ちゃんは私の顔をじっと見つめながら、
「美雪さん、幽霊だと思う」
と静かな声で言った。
向井さんとセックスしたすぎて、おかしなこと言いだした。
「幽霊ですよあの人」
今度は、怒りに任せてボールを投げて寄越すように言う。
幽霊?
だったら、恐がる素振りを見せるならまだしも、なぜにそんなに挑戦的?
「どうしたの?なんか咲ちゃん恐いよ」
それが私の本心だった。
向井さんとセックスしたすぎて、そんなおかしなことを口走るようになったのかと思うと、ちょっとだけ恐かった。
漆原さん、まだ帰ってないのかな。
向井さんは?
っていうか、噂の美雪さんは今部屋にいるの?
いるかいないかわからない住人たちに向けて、大きく咳払いをした。
誰か、気づいてやって来てほしい。
「さっきまた向井さんの寝室から美雪さんが出て来たんです」
咲ちゃんが言う。
「この前もそんなこと言ってたけど、だからどうだって言うの?向井さんと美雪さんが何をしようと、咲ちゃんには関係のないことでしょ」
「関係なくないですよ。天まりさんも、いずれわかりますよ」
そう言って、咲ちゃんはまた挑戦的な視線を私に向ける。
コーヒー冷めちゃってるだろうな、そう思ったら、ちょっとだけ苛立ちを覚えた。
「私、居間に戻るね」
咲ちゃんは黙ったままじっと私を見ている。
マジ恐いんですけど、と思って、その場を去ろうとしたら、そのタイミングで咲ちゃんが言った。
「天まりさん、最近美雪さんのこと見ました?」
「私、ここのとこ残業続きで帰りが遅かったから、美雪さんと顔を合わせてないの」
「ほら」
咲ちゃんが言う。
ほら??
「だから言ったじゃないですか。幽霊だって」
咲ちゃんがエクソシストみたいになって、天井を四つん這いで動き回る画が浮かんだ。
そうなる前にこの場を去ろう。
私は、咲ちゃんの目を見ないようにして、回れ後ろすると、小走りに階段に向かった。