〔ショートストーリー〕白いかき氷
かき氷は食べにくい。特に、夜店で渡されるストローの変形のようなスプーンでは、こぼしてしまう可能性が高いから嫌い。なのにどうして、
「暑いなあ。かき氷、食べない?」
なんて言うの。この花火大会、二人の初デートだよ。しかも私、浴衣なんだよ。食べたい訳ないじゃない!
「そうだね。暑いもんね」
こら、何言ってるんだ私の口は。何でも従うようなキャラじゃないのに、猫かぶるんじゃない。でも…言ってしまったからしょうが無いか。表面ではニコニコ、内心はイライラしながら、かき氷の屋台を二人で探す。
「あ、あの端っこの店、良さそうじゃない?」
ここへ来るまでにも、いくつかかき氷の屋台はあったものの、客が並んでいたり、店主の感じが悪そうだったりして素通りしてしまった。いよいよ屋台も残り少なくなった頃、ようやく見つけた店だ。店主も優しそうで、並んでいる客もいない。
「いらっしゃい」
優しい声に、彼が財布を出しながら言う。
「あの、かき氷をふたつ…」
「はいどうぞ」
「へっ?」
いつの間に用意したのか、私たちの前にかき氷がふたつ置かれていた。彼の氷にはキラキラしたレインボーカラーの蜜がかかっているが、私の氷は真っ白。レインボーどころか、赤いイチゴの蜜すらかかっていない。
「あの、わたしの氷…」
文句を言おうとした私を遮り、店主はにこやかに言った。
「大丈夫。ちゃんと甘い蜜はかけてあるから。今の君はこれだよ」
「いや、あの」
「それにしても彼、イイ男だねえ。見た目だけじゃなくて、ハートも良い。いやあ、久し振りにこの蜜が似合うお客に会ったよ」
「…あの、わたしの氷は」
店主は私を見て笑う。
「だから、今の君はこれ」
「ちょっと、失礼ですよ」
彼が尖った声で言う。あ、もしかして怒ってる?私が馬鹿にされてるから?思わずドキンとする。
「ああ、誤解させちゃった?ゴメンね、悪気は無いんだけど」
店主がにこやかに続ける。
「彼女ね、まだ本当の自分を隠してるでしょ。だから見た目は白。中身は食べてのお楽しみだよ。さ、溶ける前に食べておくれ。まいど!」
店主はヒラヒラと手を振って、私たちを追い払う。まだ何か言おうとしてくれた彼をなだめて、私たちは氷を手に屋台を離れた。
少し歩いて、座る場所を確保する。並んでかき氷を食べていると、彼がポツンと言った。
「何か…ごめんな」
「ん?何が?」
「いや、俺がかき氷なんて言ったから、嫌な思いさせちゃって」
「別に嫌じゃないよ。あの店で言われたの、当たってるし」
彼が少し驚いた顔で私を見る。
「だってさ、初デートじゃん。着慣れない浴衣着て、よそ行きの顔して、ちょっと大人しくしていようかな、なんてね。こういう面もあるぞって、無理にアピールしようとしてたかも」
「え?そんなこと思ってたのか!いつもより静かだから、つまらないのかもって心配してたんだけど」
彼がホッとしたように言う。それってつまり、彼もひそかに気にしていたってこと?私が楽しんでいるかって?
何だか急にオタオタしながら、白いかき氷を食べる。と、中から何か出てきた。
「ん?フルーツかな?」
「え、見せて見せて」
彼が横から覗き込む。私の氷の中から、イチゴや桃、マンゴーなどの凍った小さなフルーツたちが顔を覗かせている。
「うわ、すげえ。何か宝石みたいだな」
彼が嬉しそうに笑うので、私も釣られて笑う。
「あのさ、これからはそういうところも隠さないで、見せてくれよな」
目を逸らしながら早口で言われて、ちょっとポカンとしてしまう。ええと、それって、これからも一緒に…ってこと?ほんとに?
「あっ、ほら!早く食べないと浴衣が汚れるぞ!」
「あわわわ、ほんとだ!もう、このスプーン苦手!」
慌ててかきこむと頭がキーンとする。痛がる私を見て、彼は心配しつつ笑っている。と、ヒューという音の後に、地響きのようなドーンという音。辺りが一気に明るくなった。
「あ!上がった!」
花火大会の開始を告げる大きな花火に、二人で歓声を上げた。私たちの夏は、ここから始まる。
(完)
こんにちは。こちらに参加いたします。
小牧さん、よろしくお願いします。
読んでくださった方、ありがとうございました。