遺書書いたら母親と担任に笑われた話

私が小学校四年生の頃のお話です。

当時私は転校してきたばかりでした。児童数が少なくてアットホームな東京の小学校から、校舎も大きくて人がたくさんいる環境に酷く戸惑っていたのをよく覚えています。

担任の先生は男の人でした。多分50代の、少し抜けたところのある人だったと思います。よく提出されたノートをなくして、子供達から笑われていました。物忘れも激しかった気がします。

その小学校はとにかく体育が盛んで、「健康」とか「すこやか」という言葉があちこちにありました。給食後の歯磨きは念入りに3分、火曜日の休み時間は「すこやかタイム」だかなんだかで決められた運動をさせられ、毎年秋には「健康教育発表会」なる行事が開催されます。つまり、めっちゃ体育会系の学校です(ここまで言うと、卒業生の方は分かるかもしれませんね)。

私はそもそも運動が酷く苦手でした。足は遅いし筋力もない、父には「この年頃の背の高い女の子はそうなる。仕方が無い」と言って私を慰めはしましたが、それでも当時の私は悲しく思ったものです。

そんな私にとって、この小学校の「体育一筋!体育万歳!」というオーラはとても辛いものでした。特に力を入れている長縄の時間が特に苦痛で、今まで見たこともないのにいきなりやらされて怖い思いをし、そのうえ「なんで連続飛び出来ないの?」「のろっ」とクラスメイトと担任に嘲笑を向けられたのだからたまりません。今でも長縄はトラウマです。

担任は、特に「できない子」をからかうことでクラスの調和をとろうとする人でした。シンプルな無能のカスと捉えていただいて差し支えありません。

そして、その「できない子」に選ばれたのは私でした。

体育一筋の学校で体を上手く動かせない、特に長縄が跳べないことがおそらく理由でしょう。しかも学校での長縄の占める割合の大きさを理解せずに、クラスの有志が企画する休み時間の練習もサボって図書室に籠っていたのだから当然です。協調性の無さが見事に悪い方向に作用しました。

そして見事にクラスから浮きました。当たり前です。運動も出来ないし練習もサボる、協調性の欠けらも無い人間なんて浮いて当然です。

そして、シンプルな嫌がらせが始まりました。主犯格はクラスを牛耳るメスガキ一匹です。このメスについては色々ありますので、また別で書きます。

私は気が強かったのでよくからかってくるクラスの男子と喧嘩をしていたのですが、それで担任が開発し採用されたのが「5mルール」というものでした。喧嘩するなら物理的に距離を離してしまえ、という画期的な方法です。

メスガキはこれを利用し、私を様々な人から遠ざけていきました。担任がそれに乗った結果、見事に私はぼっちになりました。

その後から、本格的な嫌がらせが始まります。

まず「○○(本名)呪う呪う呪う呪う……」という小さく折りたたまれた手紙が入っていました。でも、後の六年生で犯人の女の子とは和解します。かなり仲良くなってご自宅に遊びに行った際に、彼女のお母様のトートバッグに取っておいたそれを忍ばせはしましたが。

本格的な嫌がらせといっても、合奏で手がデカいというだけで選出されたテナーリコーダーを家に忘れたら主犯のメス(無関係)にギャンギャン吠えられる、というレベルの優しいものです。頭の作りが少々おかしい私はあまりダメージを負わずに済んでいました。

担任からの「あなたは私が20年担当してきた中でも最悪の生徒です」という今思えばなかなか酷い言葉も「あっそ」という一言で流します。クソムカつく小生意気な言動ですが、10歳児にそんなこと言う50の男の言うことなんてそのくらいの対応でいいと思います。

ただ、事態は段々と悪化していきます。

とうとう、私がクラスの男子から「ゴミ」としてほうきでゴミを足にかけられているのを撮られ、クラス備え付けのテレビで「○○さんが遊んでサボっていた」と報道されるというレベルになりました。これぞ切り取り報道。捏造もいいところです。マスゴミは小学校にもいます。

ここで心が折れました。何を言ってももうこの人達は聞かないな、と諦めてしまったのです。家庭で母親から虐待紛いのことをされていたのもあったでしょう。

そして遺書を書きました。死のうとしたのです。

一応よくからかってくる男子3名とメスガキの名前をあげました。本当は担任の名前をデカデカと書きたかったのですが、それでは握り潰されてしまうと考えたのです。そして私はそれをしまい込みました。

そしてバレました。

私の母親は娘の机を漁る蛮行を平気でやる人なのです。遺書と書かれたそいつは当然のごとく読まれ、爆笑を誘う読み物として担任へ開示されたのでした。

担任も当然爆笑しました。今の私はこんなどうしようもない文しか書けませんが、当時の私はそれはそれは面白い、ユーモアのあることを記したのでしょう。

私は放課後担任から呼び出され、叱責を受けました。「死ぬ気もない癖に」「本当に死にたい人の事考えたことあるのか」と。

今考えればおかしな話です。一応自殺まで考えた子供に、普通はそんなこと言いません。少なくとも私ならどうしたの何があったの、と取り敢えずは寄り添う姿勢を見せるはずです。

そして担任は、3階のベランダを指さしこう言いました。

「そんなに死にたいなら、そこから飛び降りれば?」

ここで首を縦に振ればよかったのですが、一晩眠れば大抵のことを忘れて感情もリセットされる機能を持った私は首を振りました。やだ今日のおやつチョコだってママ言ってたもん。まずなんで先生にそんなこと言われなきゃいけないの?

正論です。たかが担任にそんなこと言う権利はありません。

担任は口だけが絶妙に立つ私を気持ち悪く思ったのか呆れたのか、その日の話し合いはそれで終わりました。その後私は掃除と長縄練習の全サボりを決行し、孤独と図書館の主としての覇道を歩んでいくことになります。

ちなみに、学年末あるあるの「先生への感謝の言葉」ではきちんと無言を貫きました。「死ね」と言わなかっただけ偉いと思います。

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