宮城県、気仙沼沖のデイヴィッド・ハミルトン

昭和記念公園

2007.5

　貸し自転車で一周できてしまう島を、Uちゃん、K子、私の三人は、全身を蚊に刺されながら走り抜けていました。1991年の夏休み、Uちゃんの祖父母の住む宮城県気仙沼沖の大島へ遊びにきているのです。無人島へ行ったり密漁のウニをご馳走になった素晴らしい旅行。けれど私は翌日、ボーイフレンドとの約束で二人より一日早く東京へ帰らなくてはならず、一人でフェリーに乗るのをつまらなく感じていました。

　今でも腹立たしく後悔するのは、約束の相手のことを、もうたいして好きではなかったし、私の帰った後でK子とUちゃんは、どこまでも広がるヒメジョオン畑で写真を撮ってくるからです。

宮城県大島のヒメジョオン畑にしゃがみ込むK子　1991年　Uちゃん撮影

　ソフトフォーカスのかかった見渡す限りの花畑にたたずむ女性的な何か。これは猫キャットが70年代を思い起こすとき浮かび上がってくるイメージのひとつ。子供の頃のテレビCMなどでも見かけたし、当時の資料を漁れば何かしら見つかる気がします。あの頃K子が好きだった1969年の映画「ひとりぼっちの青春」ラストで撃ち殺されるジェーン・フォンダが倒れ込むのも一面のキンポウゲ畑じゃなかったっけ。（と調べたところ、ただの草っ原でした）なかでも当時一世を風靡したカメラマン、デイヴィッド・ハミルトンの撮る半裸の少女たちの、モヤがかかったような作品群にはやけに惹きつけられたのですが、それを意識するきっかけも、夏の旅行でUちゃんが撮ったこの写真だったように思います。

　モヤがかかった花畑を撮るとしたら、こんどはポピーの花がいい。ケシは種類によっては麻薬の原材料だし、重力に逆らった形状も、いかにもな雰囲気を醸し出してくれそうだし。

　2000年代も後半に突入し、私とK子は引きこもり一歩手前の悠々自適な実家暮らしを満喫していました。何かと面倒はあるものの、自立しろと詰め寄られることもなく、年老いていく親と繰り返される日々。少々時間があいてもいつも通り連絡をとりあう私たち。

　2007年のゴールデンウィーク明け、いつの間にか30代半ばになっていたけれど、写したくないところは大きな帽子で隠せばいいし、きっと時が経ったぶん豊かになった感性でなんとかなる。それより暑いとか重いとか遠いとかの無理はせず、ゆっくりできるほうが良い、あの時みたいな花畑と、あとはソフトフォーカスのフィルターさえあれば。と、正直舐めていたのですが、二人で近場を検索して思い当たったのが昭和記念公園。1922年に飛行場が設置されたけれど戦後は米軍基地となり、1983年に今の姿になったいわくつきのこの公園には、広大なポピー畑も広がっている。

　5月半ばなのにやけに肌寒かったその日。ひと気のない午後遅めの園内には、シーズンをとっくに過ぎたポピーは一輪も咲いてはおらず、かわりに矢車草と金魚草がアスパラガスのように勢いよく咲き乱れていました。それでもせっかく来たのだからと、私たちはいつも通りカメラと三脚をセットしはじめたのです。

不審にたたずむ女がひとり

服とフィルターで古い型を真似たわざとらしさ

モノクロ変換と反射で偶然ちょっといい感じ

2007年　昭和記念公園

　ソフトフォーカスのフィルターを使えばすぐにハミルトンのようになるはずもなく、現像から戻ってきたのは、不審な女にわざとらしくモヤをかけた、写真が趣味のどこかの誰かが撮ったものみたいでした。趣味で撮っているのでまさしくではあります。フィルターなしのK子のカメラに写っていた方（ページトップの写真）が、どちららかと言えば、まだハミルトンぽいのかもしれない。

　K子は当時、イメージに近い色や質感が比較的出せるとこだわり、コダックのポートラNCというフィルムを使っていたのですが、毎回ぶっつけ本番のオートで撮って工場に出してしまうため、現像した後、なぜそうなったのか細かくは判らずじまい。このときは、夕暮れ間近の曇り空のせいもあるのか、全体的に青く黒っぽい仕上がり。

　あらためて比べてみると、デイヴィッド・ハミルトンの写真では、フィルターだけでなくフィルムの粒子の荒さや絞りなどもたぶん重要で、人物、衣服、小物などのディテールに対する執着に近い気遣いや、こだわりのシチュエーション、印刷や紙などが良い塩梅で合わさって完成しているのだろうと思えました。さすがデイヴィッド・ハミルトン。パリやイギリスでアートディレクターをしていただけある。

　そして1991年にUちゃんと一緒に撮ったときのみずみずしさも、2007年の自分たちが撮った写真からは感じられないのでした。

D.ハミルトンの写真

フェリーを見送るUちゃん　おばあちゃんのサンダルと靴下で　1991年　K子撮影