アルダワ魔法学園途中なのだわSS
(第六猟兵の二次創作)
「来月はうちのクラスが巡回の当番だけど、これが日程表な」
ホームルーム時、持っているプリントを掲げながら委員長が言った。
教室の先頭席から回されたプリントが後ろの席の私のところまで届く。迷宮の低階層部の巡回表だ。
……ん、班分けは、この前一人抜けちゃったから、私とあと一人。二人きりで大丈夫かな? それにしても私の巡回日は月後半に集中しているみたいだけど、なんでだろう?
そんな事を思いつつ、巡回範囲となる迷宮の地図を眺める。
ここ、アルダワ魔法学園は災魔が出現する迷宮の上に建っている。
島全体が敷地ともいえるくらいに広大な学園には、世界各国から派遣された『学生』が集まっている。人材としては戦える人、指揮の執れる人、技術者といった人が多く、学生といっても年齢は様々だ。学生というのは学園における肩書に過ぎず、たぶん、私たちの扱いは戦闘員と表現した方が正しい。
「今は強い災魔が低階層部までいきなり出てくることもないが、準備は怠らないように。巡回時にもし迷宮が変異した場合は、他の区画の学生やその巡回者とも鉢合わせになるから、誤って攻撃しないように」
いつもの注意事項を述べていく委員長。
巡回担当になった月は勉学に励めない日々が多くなる――ううん、多かった、とするべきかな?
前はとてもたくさんの学生が死んでいた。強い災魔が多かったのだ。
けれどもある日を境に、強い災魔がぐんと減った。学園の『転校生』がその身に宿す強大な力で、どんどん災魔を倒していったのだ。
転校生は『猟兵』といった。元々、それぞれのクラスにも何人かは強い学生がいたのだけど、その人たちも猟兵だったらしくって学園の外の世界で戦うようになった。
強い学生たちを中心に巡回や探索のチーム分けをして、迷宮に挑んでいた私たち学生は、とにかく猟兵のおかげで生存率がぐっと上がった。
比較的、穏やかな時間が手に入って、前は何だか殺伐としていた学園生活も、今はちょっとだけ楽しいものになっている。
ホームルームが終わって次の授業の準備をしていると、友人で、巡回チームも同じなソフィアが声を掛けてきた。
「ねえ、ラピス。うちのクラスに『転校生』がやってくるみたいよ」
黒のリボンで一括りにしたピンクの髪を僅かに跳ねさせながらソフィアが駆け寄ってくる。
「転校生? ってことは猟兵なんだ?」
「そうみたい。でもほんとの編入生よ、そろそろ到着するんだって。でね、うちの巡回チームに入るみたいなの」
「……ああ、アルトゥルの替わりになるんだ」
先日卒業していったアルトゥルを思い出す。もうすぐ三十歳だと言っていた彼は、学生を指導する教師になるために卒業していった。もうあまり力を振るう事が出来ないと零していたけども、彼はその経験故に指揮を執るのが上手かった。
うーん残念だな、と思う気持ちと、そのノウハウを是非生徒たちに分けて欲しいってエールを送る気持ちと半々だ。
ソフィアが言葉を続ける。
「その転校生は、戦うことが初めてらしくってね」
「えぇ……」
「あたしたち巡回日が後半の方でしょ? 前半の方でその子に色々教えてあげて欲しいんだって」
「基礎訓練のクラスに入れればいいんじゃないの?」
「最近はあたしたちの生存率が上がったとはいえ、強い災魔もばんばん出てきて『彼ら』に倒されているでしょ? 即戦力が欲しいらしくって」
叩き上げろってことか。確かに即戦力は欲しい。
「ん、わかった。じゃあ今日は授業をキャンセルして、午前中は転校生を迎える準備と、午後はレクリエーションでもしようか。それでいい?」
私がそう言って席を立つと、ソフィアがぴっと敬礼をした。
「はい、ラピス先輩、了解でっす!」
「冬原・イロハです。よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をしてそう言ったのは真っ白な毛を持つケットシーだった。
ケットシーとは二足歩行する猫の姿をした妖精の一種で、身長は私たち人間の四分の一ほどしかない。
「子猫よりは大きいけど、成猫よりは小さいんだね」
「そうなのですか?」
模範的な制服を着たケットシーは藍の目をきょとんとさせた。
「あっ、自己紹介、私はラピス・アントリア。よろしくね」
「あたしはソフィア・キャトル。よろしくー。ね、ねねね! イロハちゃんって呼んでいい? 編入する時適正試験受けたでしょ? シート見たいなぁ!」
見せて、って言うソフィアの勢いにびっくりしながらイロハは「アッハイ」と呟いて、試験結果のステータスシートを見せてくれた。
学園の端末を操作して、空中に画面が浮かび上がる。
「腕力と魔力――魔法力の方が高め?」
「魔法はちょっとよく分かりませんね。力はある方です。腕相撲はよく勝ちます」
「射撃は苦手そうね」
「狙って撃つのは難しかったです。大きくバンッてするのは簡単でした!」
私とソフィアで交互に質問すると丁寧に応えてくれる。
思いっきりなぎ払うのは得意みたい。この小さな体でパワーファイタータイプなのだろうか?
「イロハちゃんは猫の国から来たの?」
「アックス&ウィザーズという世界からですが、その前のことは分かりません」
「年齢はいくつくらい?」
十代かな、と思いながら尋ねればイロハは「分かりません」と言った。
…………ん?
「ここに来る前は何をしてたの?」
「……分かりません。えっと、実は」
もごもごしてどこかしょんぼりとして話し始めるイロハは、ちょっと、いやかなり頼りなげだ。そして教えてくれた事といえば――、
「きッ、記憶喪失ゥゥゥぅぅ⁉」
「ちょっと、ソフィアうるさい」
ソフィアの驚きを見てイロハはますますションボリとした。耳も尻尾も垂れてしまった。
「やっぱり、ちょっと、その、おかしいのでしょうか……本当の名前も分からなくて……今の名は拾ってくれた人が名付けてくれたものなのですが……」
自信なさそうに言う。これはソフィアの騒ぎ方が問題だな。彼女を肘打ちしてから私はイロハの肩をつついた。――装甲薄いな。
「イロハ」
「はい……」
「あのね。奴隷だったり、故郷を焼かれていたり、虐殺を生き延びたり、凄惨な過去を持つ者は結構いる。もちろん過去の記憶が無い者もね」
「結構、いるんですか」
「うん」
疑わしげなイロハの視線をいなして頷く。
たぶんね。
心の中でそう付け足して私は言葉を続けた。
「記憶が無いのもひっくるめて今のイロハなんだよ。その名前は、記憶がないあなたを見て名付けられたものでしょう? おかしくないよ、今ここにいるのはイロハという存在なんだから。ここからどこへと行くのもイロハの意思によるものだから、記憶のあるなしはこれからに関係ないよ――私の言いたいこと、分かる?」
「……よく分かりませんが、頑張って意味を噛み砕きます」
……正直だな。藍の目が思慮深げな色を宿したから、その言葉のままに取り込もうとしているのだろう。
「ソフィア」
「はぁい、ごめんねーイロハちゃん。驚き過ぎちゃた。でも忘れたまんまがいい記憶ってあるから気にしないでー。あたしからしてみれば羨ましいよ。あたし奴隷市場で売られたりしてたんだよね。忘れたい黒歴史!」
「ソフィア初対面でくそ重い」
もっかい肘打ちしとく。イロハはどういう顔をすればいいのか分からないという顔をしている。――分かるよ、そうなるよね。少なくともイロハは、私やソフィアよりマシな感性を持っていそうだ。
「よし、それじゃあ適正に沿ったアイテムの準備をしながら、学園内を案内するね。その薄い装甲をどうにかしていこう」
「装甲……支給された普通の制服なのですが」
丈夫だけどお守りの付いてない制服を撫でつけるイロハ。ちちち、と私は指を振った。
「制服は改造してこそだよ。そのあとは戦闘訓練! ポーションの使い方も色々あるから、いっこずつ教えて行くね」
「ラピスはスパルタだからね、ついてくの大変かもだけど、あたしも飴役とアドバイスがんばるね」
よろしく、イロハちゃん! と言ったソフィアに、ようやくほっとした顔になったイロハが頷いた。
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みたいなの、なのだわ。