濡れたやきそば

前回の投稿から半年以上も経ってしまった。

この間、書きたいことがなかったのかと聞かれると、全くそんなことはなくて、むしろ書きたいことだらけだった。いつものありふれた日常の中で感じた、ふとした気持ちを、

「書かなくちゃ、忘れないうちに」

と思うのに、忙しい日々に追いかけられて、なかなかパソコンと向き合えず、そうしているうちに、あの瞬間に感じた想いや色合いや香りが、色褪せて消えていってしまう。そんな日々だった。
本当にこのままでいいんだろうか。


そんな日々のことはまた今度書くことにして、今日は『焼きそば』について書きたいと思う。

***

今でも思い出すと胸がぎゅっとする恋がある。

大学院生だったあの日、わたしたちはよく焼きそばを食べた。

近所のスーパーで、キノコとお肉とやさい、少しのビールと、3玉入りの焼きそばを買う。それから当時1人暮らしをしていたアパートに帰って、狭いキッチンで2人、並んで焼きそばを作る。

生まれも育ちも全然違う2人は、焼きそばに対する認識も随分と違った。

「うちはキノコは入れないな~」
「うちはピーマンが入ってなかった」
「ニンジン、どんな切り方してる?」
「うちはいつもお肉を先に焼いてた!」

そんな風に、毎回同じような会話をしながら作るそれは、2人の知っている焼きそばのハイブリットだったから、いつも具沢山すぎて少し困った。キノコ、ピーマン、ニンジン、キャベツ、豚肉、それからただでさえ具沢山にもかかわらず入れる嵩増しのもやし。2人それぞれの家庭で入れていたもの全部を、一人暮らし用のちいさな鍋にいっぱいいっぱいに詰め込んで炒め、それから麺を3玉全部入れる。

「ねぇ、お水じゃなくてビール入れると美味しいらしいよ!」

そんなことを言いながら、ビールを入れた日もあったっけ。

一人暮らし用のちいさな鍋だってわたしの家に来た頃は、具沢山焼きそばを3玉もぶち込まれるなんて思っても見なかっただろう。当然水分が全然飛ばなくて、結局適当なところで粉を入れる。大量の具で薄くなった味を整えるための追いソースが、さらに水分を追加する。

出来上がった焼きそばを山盛りに盛って、テーブルまで持って行き、
「焼きそばバーティーだ!!!」
なんて言いながらビールで乾杯する。
そんな2人で作る焼きそばは水分がかなり多いけれど本当にすごくすごくおいしい。

***

今日の夜ご飯は焼きそばだった。あれから2年ほど経っている。

思えば、2人がバラバラになったあの日から、無意識ではあるけれど半ば避けるように食べていなかった気がする。

野菜やお肉を切って1人暮らし用のフライパンで炒める。

『ピーマンはいろんな切り方で食感の違いを楽しもう!』

そこに今日は麺を1玉だけ入れる。
水を入れて、麺をほぐして、水分が飛んだら粉を加える。

『粉は完全に混ぜないで味の濃淡を楽しむ!』

作っている間中、あの日の2人を懐かしく思い出した。

***

出来上がった焼きそばは、あの日よりも濡れていなくて、一般的に言えば、はるかに上手にできているはずなのに、なぜだかあの日、並んで作った焼きそばの味には全く太刀打ちできなかった。

あの日、当たり前みたいに食べていたあんなにおいしい焼きそばを、わたしはもう一生作ることができないと思う。

***

結局2人は、わたしの未熟さのためにバラバラになってしまって、もちろん後悔とかは、いろいろあるし、当時は本当につらかったけれど、
でも今は『これでよかったんだ』とまっすぐに思えている。

きっとこれでよかったんだ。
あのまま続けていても、いつかすれ違って、お互いをもっと苦しめて別れることになっていたと思う。

『わたしたちは、合わなかったんだ』

これだけ聞くと、強がりに聞こえるかもしれないし、言い聞かせているだけに見えるかもしれないけれど、心の中のわたしは、

『あ~、合わなかったんだな~、わたしたち。』

と、少しだけ残念そうに苦笑いをしながら、でもとても穏やかに、あの日を振り返っている。

『未練?う~ん、まだあるのかなぁ。でも、もう一度やり直せたとして、今のわたしと彼だったとしてもきっと同じ結末になると思うからな(笑)ちょっと残念だけれど。』

な~んて心の中の自分は言っているけれど、ずっと先の未来で、また道が交わることを少しだけ期待とかしているのかもしれない。わかんないけど(笑)

きっとこれからまた、恋をしたり、夫婦になったり、子供ができたり、そんな人生の色々なシーンで焼きそばを作ると思うけれど、そのたびに何度でもわたしは『あの日の2人』を思い出して胸がぎゅっとするんだろう。

でも、それでいいと思っている。
だって、

『そう思えるほどに、とても素敵な恋だったから。』

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