漠然とした不安と寂しさに押しつぶされそう、
この時間の街中は静かだ。
昼間の茹だるような暑さとは違い、柔らかな風が身体を掠めていく。
ふと携帯画面に目を落とすと、飼い猫のお福が気持ち良さそうに眠っている。
時刻はAM03:00を指していた。
イヤフォンの向こうからは微かなコントローラーの忙しない音と共に、「くそっ」「撃て撃て!」などと聞こえてくる。
私は思わずこぼれそうになるため息を飲み込んだ。
約2ヶ月後に付き合って1年を迎える彼とは、最近は喧嘩が増えた気がする。
彼から誘ってくる電話も、ゲームに夢中で空返事ばかり。
ひどい時は、熱中するあまり会話がなくなる事だってある。
その時、"彼から誘ったのに"とつい皮肉や嫌味を言ってしまい、言い合いに発展するまでがお決まりだ。
会いたい時に会えない、いわゆる遠距離恋愛の私達は、電話が唯一の癒しの時間であり、会うこと以外の方法で、彼を最も近くに感じられる手段だった。
普段からLINEの返事も早くはない彼だから、尚更だ。
「うん」「そうなんや」「なるほど」と
今日も相変わらず聞き飽きた3つのパターンの返事を繰り返す彼に、どこか虚しさを覚える。
なぜだろう。
どうしようもなく、独りで寂しい。
ただ、なんとなく"満たされない"のだ。
普段の彼に不満があるわけではない。
寂しさを拭いきれない夜には優しい言葉をかけてくれるし、共通の好きな物の話題をしている時は高揚し合える。
会ってしまえば、こんな気持ちにも簡単に蓋をしてしまえるのだろうか。
それでも、少なくともこの距離が私を不安にさせているのは確かだ。
唯一と言っても過言ではない私の友人は、
"彼に期待するのはやめておけ"なんて言ってくる。
正直、お前に彼の良さの何が分かるんだと思ってしまう。
私ですら分かり合いきることが出来ないことを、会ったこともない人にあーだこーだと言われたくない。
いや、たった一人の友人に認めてもらえないもどかしさを、その友人のせいにして逃げているのかもしれない。
彼を信じたい気持ちが勝り、思慮深く冷静に判断することが出来なくなっているという自覚はある。
私はたぶん、彼を愛しているのだと思う。
物心が付く頃には、母親は私を置いて家を出ていき、それからは父と2人暮らしだ。
親族はすでに他界しており、親しい身寄りもない私には、"家族"と分類される者は父だけだった。
しかし、口下手で不器用な父とは喧嘩ばかりで、その延長線上で物の投げ合いや暴力を受けるなんてことはよくあった。
私は"愛"を知らない。
知らないと言い切ってしまうのは、語弊があるかもしれない。
正しくは、分からないのだ。
これが愛だ、という絶対的な根拠と自信が持てないでいる。
この自信のなさは"愛"というトピックに限らず、自身の容姿や対話時の返答でさえも発揮してしまう。
電話で美容室の予約をするなんてことは、もってのほかだ。
何時も不安と戦って生きている感覚。
私は、何時も何かに怯えている。
ある時、彼に"今年中には一緒に暮らそう"と言われた。
突然のことで、アルバイトでろくな稼ぎもないくせに何を言っているんだと多少の疑いと驚きもあったが、それを超える喜びと胸の高鳴りに気持ちが溢れていた。
この人を信じたい。
初めてそう思えたのだ。
だが今は、この言葉を思い出すたびに、彼の異なる振る舞いや言動に嫌気と焦りが込み上げる。
そしてつい、皮肉を言ってしまい喧嘩になるのだ。
私は皮肉や嫌味を言うことが大の得意である。
言ってやろうと意気込んで繰り出すこともあれば、無意識に口に出てしまうこともある。
そのため友人には捻くれているとよく言われる。
なんとも否めない。実際にそうだと、自分でも思う。
私だって素直でいられるならそうしたい。
だが、いざ心の奥の本音を口にしようとすると、緊張と共にどこからともなく不安が押し寄せ、しまいには手が震えてしまうのだ。
唯一の友人でさえ、10年来の仲をもってしても、うわべのみでも信じきれないでいる。
本当、捻くれにも程がある。
なんて哀れだ、と自分でも思う。
この自身でも呆れてしまう程の捻くれの要因ともなる寂しいという感情は、どうすれば満足がいくのだろう。
どれだけ優しい言葉で愛を紡がれようと、時には私を思い厳しい言葉を投げかけられようと、どこか薄っぺらに感じてしまう私に、はたして満たされる瞬間は来るのだろうか。
いや、上手く受け止められない私に問題があるのだろう。
どうしても眩しくて、安易には受け入れられないのだ。
どこまでも愚かなのは、きっと私なのだ。
イヤフォンの向こうでは、微かなコントローラーの音と、彼の声が鳴っている。
出会った頃と変わらない。
私はどうしようもない程に、この声が好きだ。
時を重ね変わったのは、私の方なのかもしれない。
強い光が差し、ふと携帯に目をやる。
変わらずお福が気持ち良さそうに眠っている。
時刻はAM04:56。
夜が明け始めていた。
Stories by,独つの寂しい夜
初めまして。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ちょっと頑張った時や、
反対にこれ以上頑張れそうにない時、
誰かが見てくれている、と信じたいものですね。
その人の100%を知ることはできないけど、
誰かのそういった心にそっと寄り添えたら
と思い、この話を書きました。
どうか、あなたの毎日が
少しでも心安らかに眠れますように。
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