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「関西女子のよちよち山登り 1.金剛山(千早本道)」(終)
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五合目から一時間五十分かけて、登和子はなんとか千早本道の終点に到着した。
ぼろぼろだった。
足は気を抜けばすぐにふらつくような状態で、ザックを上半身でまっすぐ支えきれず、すっかり猫背になっている。前髪は汗でおでこに張り付き、きっと化粧も流れ落ちているだろうから、顔はひどい状態に違いない。
しかし登和子には人目を気にしている余裕などまったくなかった。
ゴールを。
とにかくこの苦行のゴールにたどり着きたい。
登山道が終わったらすぐ目の前に山頂があるのだと思っていたが、それらしきものはない。少し焦ったが、前を行く人たちが左手のほうに向かったので、登和子も後についていってみた。その先は緩やかで短い登り坂になっていて、人が多く行き来している。
その坂を登りきると、視界が一気に拓けた。
平坦な広場に「金剛山頂」と書かれた看板が立っている。
看板の後ろには、きれいな青空と、ミニチュアの大阪の街が、視界いっぱいに広がっていた。
目を左右に移すと、金剛山の緑が目に入る。若々しくみずみずしい五月の緑。
なんてぜいたくな景色だろう。
登和子の目から、ぼろっと涙が一粒こぼれた。
本当に本当に疲れ果てた。こんなに疲れたことはこれまでの人生で一度もないというくらいに疲れた。五合目以降は何度も引き返そうか迷ったけれど、こうしてなんとか登り切れた。
そしてこんなに素敵な景色が見られた。
自分の頑張りに、達成感に、つらいことからの解放感に、登和子はぼろぼろ泣き続けた。
山頂広場のベンチで持参したパンを頬張りながら、登和子は目を閉じて考える。
――家に帰るまでが遠足です。――
金剛山にはロープウェイがあるが、現在老朽化のため稼働していない。つまり下山はすでに筋肉痛が始まっている両足を酷使して、自力で行わなければならないのだ。
調べて事前に知っていたものの、体力・気力がほぼ空っぽの状態のときに現実として突きつけられると、みぞおちに重いパンチを食らったような気分になる。
しかし、お昼ごはんを食べている今、下山のことを考えて思い悩んでいてもしょうがない。
「今私にできるんは、とにかくパンを食べて元気を出すこと」
それから頂上を見て回る。
山頂広場にも、広場前の坂を下った先にも、そこかしこに登山者の笑い声や話し声があふれている。
あっちに行ったら何があるのかな。
登和子は金剛山を十分に楽しんでから、下山と向き合うことに決めた。
登和子が山に登り始めたきっかけは、彼氏へのあてつけだった。
今となっては、木々の緑や青空がすばらしい山の世界に、そんな理由で足を踏み入れたことをもったいなく思う。
(1.金剛山-終)
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