「関西女子のよちよち山登り 1.金剛山(千早本道)」(5)
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「ウルトラマーン!バルちゃーん!」
「まだあった!なつかしいなあ」
突然、登山道のほうから女性たちの高い声が響き、登和子は反射的に顔を上げた。
千早本道の五合目には、なぜかウルトラマンとバルタン星人の石像が置かれている。その前で五十代くらいの女性三人組が、二体の写真をスマホで撮ったりしながらおしゃべりしていた。
「あれえ?もしかしてナミちゃん?」
そんな三人組に、登山道脇のベンチに座っているおじいちゃんが声をかけた。ナミちゃんと呼ばれたのは三人組の右端にいた女性で、石像を撮影していた人だ。
「やだ、坂巻さん?元気にしてた?」
「元気元気!今でもゆーっくり登っとるよ。ナミちゃんはどうしとった?」
「私ちょっと入院してて。やっと退院できたから」
「どっか悪かったん?」
「階段を踏み外して転んで、足の骨にヒビいっちゃって」
二人の会話に、さらに知り合いらしい別の登山者も加わった。さながら井戸端会議のようだ。金剛山は「毎日登山の地」として有名で、登っているうちに自然と顔見知りができていくのだろう。
わいわいと花咲く会話を聞くともなしに聞きながら、登和子は心が孤独感にじんわり侵されていくのを感じていた。
自分以外の登山者はみんな楽しそうだ。おじいちゃんのようにひとりで来ていても、こうして山に知り合いがいる。
私はひとりで一体何をやっているのだろう。
したこともない登山に準備や知識が不十分なまま挑戦して、身も心もぐったりしている。
もうここで諦めて帰ってしまおうか。
頂上に行かなければならない理由も約束もない。同行者もいないから誰にも迷惑をかけない。
登和子はまた下を向いて小さくため息をついた。
ズボンと靴の汚れが目に入る。ついてしまった泥汚れは、茶色ではなく、乾いて灰色っぽく見えた。
ああ、と登和子は思い至る。
この汚れは、ここまで登ってきたからついたのだ。
引き返すのは簡単だが、もしここで諦めたら、ズボンと靴を汚し、全身にびっしょり汗をかいてまで頑張ったこれまでの時間がむだになる。
全力を出し切って、本当に限界であれば引き返すべきだが、果たして私はどうだろう?
登和子は自分の状態を確認した。四阿(あずまや)で二十分ほど休憩したから、体力は多少戻っている。足の甲の痛みは、もしかしたらと思いついて靴紐をわずかに緩めてみると、少し楽になった気がする。
頂上までは行けないかもしれないが、もうしばらく頑張れないこともない。
行けるところまで行って、無理なら諦めて、潔く撤退しよう。
やり始めたことはどんな結末にしろ、最後まで全力でやり通さなければもったいないじゃないか。
登和子は小さく何度もうなずき、四阿の椅子から立ち上がった。足のストレッチをし、腕もぐるぐると回す。ずしりと重く感じるザックを背負い、ウエストベルトとチェストストラップを締めた。
そしてゆっくり歩き出す。
サポートいただけたら、もれなく私が(うれしすぎて浮かれて)挙動不審になります!よろしくお願い致します!