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マルチ商法にハマッた娘への手紙

長女へ

 時が経つのは早いもので、君が亡くなってもう二年ですね。父さんと母さんの心の中は今もあの時のままです。

 二年前の秋、君は自動車事故を起こし突然わたし達の前からいなくなってしまったよね。君の居眠りが事故の原因だと聞いた時は"また?"と思ったよ。なぜなら、その二か月前にも車をぶつけてきたからね。理由を聞けば、居眠りだと言う。君には甘かった父さんもさすがに強く言ったよね。だって居眠り運転なんてあり得ないからね。

 それにしても分からなかったのが、なぜそんなに疲れていたのか?睡眠不足になるほどいったい何をしていたのか?だよ。
 でも、それはすぐに分かったよ。貴重品が入っているということで預かってもらっていた君のバッグを警察署に引き取りに行った時にね。

 バッグに入っていたのは、財布、携帯電話、スケジュール帳、ノート…など。
まずノートを見て驚いたよ。
"ビジネストレーニング"、"権利収入"、"仲間作りのやり方"▪▪▪。
新人看護師の君には到底関係のないようなワードばかり。父さんはすぐに分かった。
これは「マルチ商法」だと。
 そしてスケジュール帳を見てまた驚いた。ある日を境に予定がびっしりと埋まっているじゃないか。本業の仕事以外の時間がすべてソレの活動ではないか。社会人になってから急に帰りが遅くなったのは知っていたけど、コレだったんだね。

                                                       (実際のノート)

その後、スケジュール帳と携帯電話でのやり取りなどから、高校時代の同級生の女の子からSNSを通じて久しぶりに連絡が来て、そこからこの組織の担当者に繋がり契約に至った、ということが分かった。
君は断れない性格だからね。友達からの誘いなら尚更だよね。だから簡単に契約書にサインしてしまったのだろうな。

 セミナーや説明会などにも頻繁に参加していたみたいだけど、ノートを見る限り自己啓発のためのセミナーのようだね。この胡散臭いビジネスにハマッてしまった原因はそこにあるのだろうね。

人を疑うことを知らなかった君だから、このビジネスのことも、組織の"仲間"のこともきっと信じていたんだろうね。そんな君に言っておきたい事がある。

 事故の前日も前々日もほぼ毎日のように会っていた組織の"仲間"、君に最初に声をかけてきた同級生の女の子、誰ひとり君の葬儀に来なかったよ。 

でも安心して。身近な友人はもちろん、何年も会ってないような同級生、職場の同僚▪先輩、会場に入りきらないほど大勢の"仲間"が君に別れを告げに来、涙を流してくれていたよ。今でも時々、家にお線香をあげに来てくれる子もいるよ。

  父さんはあれからずっと反省と後悔の日々です。なぜ気づけなかったのか?と。本当に悔しいよ。悔しくて悲しくて、ほんとうに辛いよ。
 でも、いつかまた違うどこかで君に会えると信じて生きていくしかないよね。
そう思いながら母さんと頑張って生きていくよ。

いつかまた▪▪▪                                      父より

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