【天皇杯分析⑴】30年古い鹿島と新しい戦術への展望
本記事は、2019年元旦に新国立競技場で行われた第99回天皇杯決勝の分析記事である。結果を見れば、2−0でヴィッセル神戸が記念すべき初優勝を飾り、クラブ創設25周年とダビド・ビジャの引退に花を添えた。この記事では、試合の分け目となった前半を中心に鹿島の敗因と神戸がとった戦術の優位性を分析する。
試合後半とヴィッセル神戸に関しては、続きの⑵に書きましたので、よろしければ以下の記事もご一読ください。
【両者のフォーメーション】
鹿島はいつも通り、4-4-2で試合をスタートさせた。左右のサイドバックにはそれぞれ、町田と永木を据えた。サイドバックの駒がそろわず、メンバーが固定できなかったことで今シーズンは苦労していたが、決勝の舞台でその影響はもろに現れてしまった。(それを考えると両サイドこなせてフル稼働してきた安西のシーズン途中での移籍の影響は本当に大きかった。後述するが、SBが高い位置をとれず、幅をとれなかったことで、結果的に神戸WBから展開され、失点につながった。
それに対し、神戸は3-4-3の布陣だった。前線の3枚は1トップ2シャドーの形をとっていた。攻撃時には酒井と西の両WBが高い位置をとり、シャドーとイニエスタと三角形を作りながらワンタッチ・ツータッチでテンポよくボールを回しながら鹿島サイドを崩していた。中盤では山口とイニエスタがライン間でボールを受け、攻撃を組み立てていた。
【神戸の戦術的優位性】
上の写真は3分の図。立ち上がりこそアントラーズがやや押し気味に見えたが、それぞれ陣形が整ったところで、すでに神戸の戦術の優位性は見え始めている。赤で囲んだ両WBはワイドレーンでフリーになっている。鹿島の両サイドハーフは中央に絞り気味にWBとボールをもらいに降りてくるシャドーの2枚を監視する形になる。中央を締めて、サイドに出させた後に潰すのが狙いだったと思うが、前半を通して上手くいかなかった。
[写真a]
上は17分の図。鹿島は2トップなので相手3バックに対してプレッシャーがかからない。山口とイニエスタはライン間にポジショニングして鹿島の両ボランチを中央に固定している。
鹿島は守備時には、2トップが山口・イニエスタに対するパスコースを切り、2ボランチと挟み込む形で相手中央の攻撃の起点をなくす狙いが見える。
22分の上の図でも同じような構図である。
このプランには主に2点問題があるだろう。
①常にサイドハーフが2枚見る必要があること
②攻撃時の枚数が不足すること の2点である。
①常にサイドハーフが2枚見る必要があること
鹿島の両サイドハーフは、ハーフスペース気味にポジショニングして、WBを監視しつつ、シャドーへのパスコースを切っている。しかし、CBにプレッシャーがかからないため、ハーフライン近くまで持ち出したCBとWB、降りてきたシャドーで簡単にトライアングルを作られてしまう。鹿島SBがシャドーについてきた場合はくさびのパスを入れつつ、ワンタッチで展開してうまく抜け出すか、SBがつり出されたスペースを見つつ裏を狙う。
あるいは、鹿島の2トップのどちらかが無理やり3CBにプレッシャーに行けば、パスコースができるので、イニエスタか山口が受けて展開する。ここでも鹿島SHに対して数的優位に立つことができる。
実際の局面を見てみよう。まず、前半8分のシーンである。
鹿島の2トップからはプレッシャーがかからず、簡単に3CBの左フェルメーレンに展開できてしまっている。イニエスタが中盤の2枚を引きつけ、鹿島FW伊藤がプレスにいったことで中央にスペースが生まれている。フェルマーレンはそのスペースに進入していき、中盤での数的優位を作ることを可能にしている。ここでも鹿島の右SHは1人で2枚を監視する必要がある。
次に、1失点目につながるプレーである。
先に見た17分の場面の続きである。
1. 最終ラインでのパスを阻害するため、鹿島右FW伊藤が3CBの左フェルメーレンに対してプレスを試みる。
2. ボールホルダーは伊藤が開けたスペースに進入しつつ、パスコースを探す。このときの選択肢は黄色矢印で示した3つである。伊藤が単独でプレスをかけたことで、スペースと同時に、イニエスタへのパスコースも生まれている。
3. 鹿島FWセルジーニョが斜め後ろ(赤い矢印)に動き、ボールホルダーの進路を削りながら山口へのパスコースを切る。
4. イニエスタが若干降りていきながらライン間でボールを受ける。イニエスタのマークについていた三竿は後ろのスペースも気にしてそこまでは出ることができない。
5. イニエスタ、ワンタッチでワイドの酒井に捌く。酒井はワンタッチでポドルスキにパスし、ポドルスキが鹿島右サイド深くをえぐって折り返しを狙う。
以上、神戸の狙い通りのプレーと言えるだろう。
その結果、こぼれ球を拾った酒井とそれを引き継いだポドルスキのクロスでオウンゴールを誘発した。
オウンゴールとなったのは不運にも見えるが、神戸が戦術のミスマッチから生まれる優位性をうまく生かしたことによる得点である。明らかに戦術的な優位性は神戸にあった。
②攻撃時の枚数が不足すること
この試合、鹿島の三竿とレオシルバの2ボランチは気迫を見せていた。彼らのミッションは中央で神戸の攻撃の起点を作らせないことであり、それはある程度成功していたようにも見えた。中央でボールを受けた相手に対しては、ハードにプレスをかけ、ボールを刈り取るシーンもあった。しかし、その後のカウンターが点数につながることはなかった。
写真aのような立ち位置で中盤でボールを回収したとしても、鹿島2FWの前には神戸最終ラインの3枚が残っているため、攻撃の枚数が足りない。FW伊藤がラインと駆け引きしつつ、裏抜けやポストを試みていたが、CB2人を相手どることになり、機能しなかった。あるいは、中盤でレオシルバがタメを作り、ドリブルで運びつつサイドハーフの上がりを待つが、神戸はWBがサイドハーフへのパスを限定しつつ、その間にプレッシャーをかけて再度ボールを回収する。
いずれにせよ、この状況だと奪ってからいい形で攻撃につなげることはできない。事実、前半に鹿島がチャンスをつくることはほとんどなく、偶発的なセットプレー頼みになった印象である。
以上の2点①②は決して別個の問題ではない。攻撃と守備が一体である現代サッカーの考え方に照らせば、一つの問題であるとすら言える。
リーグ中から、鹿島の攻撃の組み立てはSHとSBがいい関係をつくりながら、サイドが起点になることが多かった。しかし、ハーフスペースでWBとシャドーを監視する役割を担う鹿島SHは高い位置をとることができなかった。SBも本来はSHが開けたスペースを使って攻め上がっていくのだが、この日は神戸3トップとワイドレーンを駆け上がってくるWBの対応のため、攻め上がるシーンを多く作ることはできなかった。本職のサイドバックをスタメンで起用できなかったこともこの問題に拍車をかけることになった。
【サイドバックの不在】
上記の問題に関連して、鹿島は本職のサイドバックの不在にも苦しめられることとなった。これはリーグ中からも露呈していた問題であった。内田のコンディション不良と山本の怪我により、永木が右SBで出場することが半ば定番となっていた。安西が抜けたことで問題は深刻化し、シントトロイデンから加入した小池も守備で脆さを見せることがあり、指揮官の信頼を掴み切ることはなかった。その点で、失点を避けたい重要な試合では、右に永木、左に高さもある町田を置くのが大岩監督のファーストチョイスだったように思う。
本職のSBがいないことで、ワイドに開き、幅をとりながら高めの位置から攻撃を構築できなかった点は否めないが、試合のなかでSBは常に難しい判断を迫られていた。
例えば、前半に神戸の決定期となった上の図を見てみよう。3CBにプレッシャーがかからず、中盤の一枚を外されて、イニエスタにライン間で前を向かれている。このとき、イニエスタの選択肢は矢印で示した3方向もある。仮に神戸WB西にボールが出た場合、赤で囲んだ鹿島左SBは、中央を警戒して背を向けた状態であり、反応が遅れる。その結果、西に広大なスペースを使われてしまう。この局面では、イニエスタは赤矢印方向に浮き玉を通して、1トップを走らせることを選択し、チャンスに持っていっている。
この局面のように、鹿島SHがコースを切りきれなかった場合、中央を意識しつつもWBを自由にさせないように、もう少し幅をとる必要があるだろう。(永木のサイドでは完全に外は捨てるしかなくなっているが、左サイドではシャドーの1人がボールを受けにいっているので、町田の位置だとそれが可能だったはずだ。)
しかし、このシステムだとどうしてもSBはシャドーの飛び出しとWBの両方をみることになる。本職のSBが不在の点はたしかに響いたが、やはりシステム的に神戸の優位性があり、SBはどこにポジショニングするか難しい判断を迫られたのは確かである。
上は、2失点目につながるシーン。SBがシャドーに引っ張られて内に入ったことで右WBの西は完全にフリーでボックスに侵入できる。これが、2失点目を生んだ。
【試合中の修正の欠如】
それでは、前半のうちにどのように対応するべきだったのだろうか。
いろいろな対策が考えうるが、例えば、町田が完全にCBの位置に入り、後半立ち上がりのように3CBに布陣を変えて、永木と白崎で相手WBをマークする形である。
しかし、最も現実的なのは、三竿がアンカーポジションに入り、中央に蓋をしつつ、ビルドアップに参加する形だろう。三竿が中央を締めることで守備時には3CBに近い形にしつつ、サイドバックの上がりを促し、相手WBを固定しつつマンマークする。また、ライン間で受けようとするイニエスタと山口をレオシルバと名古が監視する。白崎は2トップと協力して相手3CBのビルドアップを阻害し、攻撃時にはシャドーの役割を果たす。
後手に回っていることには変わりないが、このような対策を試合中に講じることはできなかったのだろうか?
ピッチ上の選手がそこまで判断しつつ、リアルタイムで修正を施すことは難しいだろう。それを指示するのは監督の役割である。早い段階で、少なくとも1失点して相手の戦術の優位性が明らかになってきた局面でシステムを変更していれば戦局と結果は変わっていたかもしれない。
【戦術と決まりごとの欠落】
しかし、そもそもアントラーズには戦術-決まりごとが欠けていたのである。3CBで来ると予想できた相手に対して、どれくらいの対策を練っていたのだろうか? その対策を落とし込むような準備を練習からできていたのだろうか? 相手のシステムに対抗し、準備してきた対策を落とし込み、それがうまくいかなかった場合には準備した別のプランに移行する。そのような戦術性は鹿島からは残念ながらシーズンを通して感じることができなかった。
しかし、それは単に選手たちや監督の責任ではない。それがアントラーズに根付いた伝統でもあったのだろう。鹿島がベースとしているのは、ブラジル式の4-4-2(4-2-2-2)である。それを根づかせたのは1980年代に黄金のカルテットと呼ばれていたジーコであり、セレーゾでもある。彼らの魅力は圧倒的なテクニックと即興性がもたらす魅力的な攻撃である。
つまり、もとから鹿島は戦術をベースとしてきたのではなく、個のテクニックと即興性で成り立ってきたチームなのである。もちろん、戦術がなかったわけではない。サッカーがあるところには、必ず戦術も存在している。問題は選手個人が無意識化に持ち実践している戦術を言語化し、決まりごとをつくることで再現するような意識を持ってこなかったことである。
事実、シーズン中に選手がインタビューで「監督から指示された決まりごとは特にない。その場の感覚と選手自身のコンビネーションでやっている」と話していた。
3-4-3の相手に対して自分たちの4-4-2が通用しなかったときのセカンドプランはどうするか。システムを変更するのか、ポジショニングを変えるのか。それを言語化して選手に伝え、実行するための練習に落とし込む。
そのような戦術意識は鹿島の伝統意識の後ろに隠れてしまっていたのではないか。
シーズンを通してメンバーを固定して戦え、かつ個で上回るタレントがいたころのアントラーズならそれでも良かったのかもしれない。しかし、今期を見ればわかるように、主力は海外に流出し、増加した試合数からけが人も続出する。
そのなかでチームを強く保つには、個の即興性に頼るのではなく、チームとしての戦術をそれぞれの選手に落とし込み、誰が出てもそれを実行できるような再現性が重要になってくるのだ。
【新しい鹿島への展望】
決勝での敗戦から一夜明け、昨日、ザーゴ新監督の就任が公式サイトから発表された。すでに新シーズンに向けての動きは始まっている。選手の去就も明らかになってきている。湘南の杉岡選手をはじめ、補強ターゲットだったSBの加入も発表されたのは期待できるポイントである。
同時に、鹿島を長年司ってきた鈴木満強化部長はインタビューでヨーロッパスタイルへの変革、チームの「新築」を掲げていた。それは、上に挙げたような個のスタイルからチーム戦術へのスタイル変更に他ならないだろう。
新しいシーズンに向けて、新生アントラーズがどのようなサッカーを見せてくれるのか、1ファンとして非常に期待している。
【参考】
戦術的な面では、西部謙司さんのいくつかの著作を参考にさせていただきました。
とりわけ、『サッカー戦術クロニクル0』(カンゼン、2017)、『4-4-2 戦術クロニクル』(同)を参考にさせていただきました。
また、画面キャプチャに関しては購入したNHKオンデマンドの画面のキャプチャを著作権法に則り、引用の形で転載しました。以下にリンクを示します。
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2019104512SC000/index.html
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