【連載】平成版『喫茶店トーク!』〈第18回〉withターザン山本!「カミさんとは何か?」〈パキスタン遠征での倍賞美津子さん〉
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青木真也×ターザン山本! 初対談! 絶賛掲載中!!
マット界の問題点を語り尽くす衝撃の鬼っ子(?)対談!
〔関連項目〕
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【連載】平成版『喫茶店トーク!』〈第18回〉withターザン山本!「カミさんとは何か?」〈パキスタン遠征での倍賞美津子さん〉
今回の平成版『喫茶店トーク!』は、元『週刊プロレス』編集長のターザン山本! 氏を迎え、「カミさんとは何か?」を独自の視点で突き止めます(もちろん、今回もターザンの自画自賛&内輪ネタ満載)。今回は、1984年にあったパキスタン遠征でのアントニオ猪木&倍賞美津子さん夫妻の話! いったい何があったのか!? 果たして、古き良き時代の風景がここに!?(聞き手◉“Show”大谷泰顕)
(⬆︎「カミさんとは何か?」を語るターザン山本! 氏と『週プロ』編集長最後の号となった20年前の743号/96年7月23日号の表紙。ターザンカフェも絶好調!)
▪︎パキスタン遠征の取材費用は3,000ドル
――ということで、今回から正式に「カミさんとは何か?」を追求していこうかなと。
山本 うん。
――あのー、昔、山本さんが書いた『ザッツレスラー』に、1984年にあった新日本のパキスタン遠征に行った時の倍賞美津子さんのことが書かれていたじゃないですか。
山本 書いたよ。
(⬆︎『週刊プロレス』228号/1987年10月27日号より)
――あの時の話を聞いておきたいなと。
山本 あの時ね、日本人選手と外国人選手も一緒に行ったわけですよ。
――パキスタンにですね。
山本 マスクド・スーパースターとかエル・カネックとかいたわけですよ。
――懐かしいですね。
山本 日本人選手は長州力とか藤波辰爾とかいたじゃない。
――はい。
山本 星野勘太郎とか。
――そこにスタッフと取材陣も加わりますよね。
山本 そう。あの時ね、1ドル240円だったわけ。
――240円!
山本 その時に、マスコミは一人3,000ドル取られたんよ。
――3,000ドルってことは約72万円! 今だったら100万円くらいになるかもしれない! えっ、それが一人分ですか?
山本 そう! 72万円取られたんだよ。
――それはなかなか凄い金額ですね。
山本 でもね、それは2週間くらいあったから。
――結構、長かったんですね。
山本 その時に最初に行った場所はパキスタンのペシャワール。そこからカラチに行って、ラ・ホールに行って、そこからクウェッタに行って、最後にイスラマバードに行ってね。
――最後は首都ですね。
山本 うん。だからサーキットで回ったんですよ。
――なかなかボリュームのあるツアーが72万円だったんですね。
山本 そうなんだけど、それが面白くてね。
――ええ。
山本 3,000ドルを持って行ったんだけど、誰に払えばいいのかわからないんだよ。
――どういうことですか?
山本 つまり、俺がその時に思ったのは、非常にダーティーなツアーなんだなと。どういう構造になっているんだろうってね。
――なるほど。
山本 そしたら、途中でさ、パキスタンのプロモーターに払ってくれ、と言うんだよな。ということは、本当は俺たちも招待されていたんじゃないかと思ったんだよな。
――どういうことですか?
山本 そのツアーはパキスタンからみんな招待されて開催されたツアーだったから、そこに俺たちも含まれていたはずだったのに、マスコミだけは払わされた。いや、払うのはしょうがないとしても、その3,000ドルというのはどうやって決められたのか。そこがよくわからなかったんだよな。
以下、その内容の一部を紹介
▪︎記者とカメラマンを兼ねる
▪︎気さくな人、倍賞美津子さん
▪︎パキスタン遠征の首都イスラマバードにて
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