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【小説】 渡し舟〔6〕 (あらすじ有)

《心も身体も瀕死だった僕は、突然現れたドラゴンに自分の命を諦めた。しかしその時、ふっと体が浮き上がり、光を放つ鳥のようなものが迫ってくる》


 死んで生きてきたこれまでを振り返り、一瞬の中に過去が凝縮された。それが心の芯に突き刺さり激痛が走ったあと、ゆっくりと氷が溶けるように胸に沁み渡った。目の前の世界がスローモーションになっていく。後悔ばかりしてきた人生を憎んできた。それでも諦めなかった。だから今ここに存在している。だからもう一度戦いたいと思った。この現実で、この傷だらけの身体で。うなりを上げるドラゴンの上空で、僕の目の奥に光が宿った。
 その時だった。僕の身体をがっしりと何かが捕らえた。それに気がついた瞬間スローモーションの世界は終わり、重力が戻ってきて僕の体重はその何かに預けられた。空を飛んでいた。不思議と恐怖は感じなかった。ギュッとさらにきつく身体が締めつけられる。その方向を見ると、青い大きな鳥の脚に僕の胴体が掴まれていた。身動きがとれない。だかこの鳥が放った光が、僕の目の奥の光に共鳴しているのはわかった。だから恐ろしさはなかった。ただどこに行くのかはわからない。身を委ねた。流れに抗い生きてきた。それが正しいと思ってきた。汚れたくなかった。受け入れたくなかった。弱い自分も、矛盾を剥き出しにしながら暴走する社会も。
 身を委ね、だらんとした僕の状態を見たのか、鳥の上から人間らしき声が聞こえてきた。
「無事か?生きてるか?」
 その声は枯れた年季の入った松のようだった。僕は驚いて、びくっと身体が反応した。まさかの展開だ。予想だにしなかった。このまま1人で死んでいくのだと思っていた。しかし、心の中は不思議と穏やかだった。初めから敵ではないと直感していたからだ。
「ぉぅぁ…。。」
 身体が衰弱しきって言葉にできない。意識も薄れている。
「よし、大丈夫だな」
 しわがれた声は淀みなく響いた。後ろから支え慣れているようだった。そして僕を包み込んだ。そして安心した僕は、眠るように意識を失った。


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