僕は金運が低い:自分の在り方を天に宣言する
今回は、この世は修行の場についてです。
私は金運と異性運が低いことについて、受け入れました。
ですから、他の人に比べて金銭と異性関係の悩みが尽きなくても、嘆くことはなく、學びと反省に繋げています。
お金があっても不幸な人間はいますし、結婚していても不幸な人間はいます。
この世は修行の場であることを受け入れ、目の前の出来事に対して真摯に、淡々とこなしていく。
それが生き方の答えのようなものだと思います。
私は投資詐欺の被害にあうという選択をした結果、多額の借金を得ました。
そのため、私は金融機関に毎月お金を支払わなければならなくなりました。
ある日、投資詐欺案件を紹介してきた人間から、借金をチャラにする方法を知っている人物を紹介されました。
結論から言うと、私は借金をチャラにせず、今も返済を続けています。
なぜなら、私は自分の選択によって生じた責任から逃げるような存在になるくらいなら、死んだ方がマシだと思っているからです。
どんな結末であれ、過去の自分が当時はそれが正しいと信じて選んだ選択を尊重しています。
ちなみに、紹介された方法を最後まで実行すれば、誰でも借金をなかったことにできると思います。
ここでのポイントは、先日の記事を読んだ聡明な読者ならわかると思います。
ですので、今回は割愛します。
それよりも重要なことは、私が借金をなかったことにできるのと同様に、私にお金を貸した金融機関もなかったことにできるということです。
どういうことでしょうか。
例えば、あなたが私から1000万円を借りたとしましょう。
その際、私はあなたに借用書を書いてもらいます。
見事1000万円を得たあなたは、借金を使い込んでしまいます。
しかも、仕事もやめていたため、返済できそうもありません。
すると、私はあなたからお金を返してもらおうと連絡を入れます。
ですが、あなたはお金を返したくてもお金がないので返すことができません。
返せ!⇔無理or無視
というやり取りを何度も行なってもらちがありません。
やがて、私はあなたからお金を返してもらうことを諦めます。
1000万円の赤字になりますが、返ってこないお金をいつまでも待っていてもしかたありません。
とはいっても、このまま1000万円の赤字を帳簿に残しておくのもまずいです。
そこで、私の知り合いに、あなたに1000万円を請求する権利を売ります。
例えば、100万円で売るとしましょう。
その結果、1000万円の赤字はなかったことになり、100万円の売り上げが帳簿上に残ります。
その後、あなたが心を入れ替えて私の知り合いにお金を返したとしても、私にはお金は届きません。
私の知り合いが受け取ります。
なぜなら、すでに私の中ではあなたの借金はなかったことになっているからです。
つまり、あなたは私から借りたお金を、別の人に返していることになります。
不思議ですね。
貸した方はもうなかったことになっているのに、借りた方は返さなければならなくなっている。
この返済義務はいったい何なのでしょうね。
極端な言い方をすれば、ただの数字の移動に過ぎないということでしょうね。
とはいえ、勤め人として真っ当な生き方ができず、生きる目的がなかった私にとって、お金を返すために生きるという目的ができました。
ネガティヴな理由ではありますが、生きる目的の一つであることに変わりはありません(笑)
とはいえ、お金のために生きているわけではありませんから、かなり優先順位が低いですが。
今となっては、いろんな方々のお力になれる自分になれました。
借金のおかげといっても過言ではありません。
ですから、私が毎月振り込んでいるお金が、当時私を信用してお金を貸してくれた金融機関に届かないと知っていても、返済義務という現実を、金運が低い私の今世の宿題の一つとして、前向きに受け入れています。
そうした、過去の自分の選択の結果から逃げなかった10年前の自分を誇りに思っています。
あなたは誇れる自分でいられますか?
お問合せは《こちら》から
《合わせてよみたい》
・保険金はどこへ消えた?
・金運不振で人生終わり?
・今は亡き育ての母を供養したら株で利益が出た件
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?