サガイ・ナイン農民虐殺事件の真相──第1回 「vs.共産党」という構図の流布

 今回から、サガイ・ナイン農民虐殺事件に関する国家警察の発言を検討する。

 サガイ・ナイン事件とは、2018年10月20日に全国砂糖労働者連盟(NFSW)サトウキビ大農場ネネ支部のメンバー9人が殺害された事件だ。その事件の背景には、被害者たちと地主らとの間にあった長年の土地紛争があった。つまり、封建的な土地所有の問題だ。

 フィリピン社会に深く突き刺さる土地所有の構図の理解を抜きに、現地で頻発する人権侵害の本質を読み解くことは決してできない。

 このことは、事件の詳細と合わせて、前回の「(プロローグ)阻まれる農地分配」で詳しく書いたので、参照してほしい。

 法律に基づき土地の分配を求めた農場労働者。制度の間隙を縫う地主たちの土地への執着。農民たちのささやかな抵抗運動ブンカランは殺害事件へと発展した。

 9人の殺害だけでは終わらなかった。

 虐殺を逃れた農民2人が反対に加害者に仕立てられている。そのふたりの名は、マンランギットとアルケリオ。この事件の容疑者にされ、2018年10月26日、書類送検された(*1) 。

 なぜ、このようなことがまかり通ってしまうのか──。

 国軍や国家警察といった治安当局による情報操作の手口を切り口にして、分析し、不条理な構図を明らかにしていく。

スクリーンショット 2020-11-03 16.48.19

【写真】収穫されたサトウキビを満載したトラック=2020年2月6日、フィリピン・西ネグロス州

治安当局の情報発信の特徴

 まずは、農民の抵抗運動ブンカランに絡み、事件後、治安当局がどのような情報を発信していたのか。

 国家警察幹部がどのような発言をしたのかを、報道から拾ってみる。

▶︎2018年10月21日
 西ビサヤ地方のジョン・ブララカオ警部は「精鋭軍が新人民軍の兵士による犯行の可能性を追跡している」「共産党・新人民軍(*2) は、耕作し土地を占拠するために、ブンカランを実行する」(*3) と発言。
▶︎2018年10月23日
 国家警察長官オスカル・アルバヤルドは「新人民軍は全国砂糖労働者連盟のようなフロント組織を使って土地を占拠し、多額の資金を得ている」(*4) と発言。
▶︎2018年10月31日
 国家警察は「被害者たちは、事件の2日前に、新人民軍のフロント組織である全国砂糖労働者連盟に500ペソで雇われてブンカランに参加した」(*5) と発言。

 このような一連の発言をとおし、フィリピン治安当局は、「同国においてテロリストに指定されている同国共産党・新人民軍とそのフロント組織である全国砂糖労働者連盟が農場労働者を騙してブンカランに参加させ、事件に巻き込んだ」と主張した。

 しかし、上記の治安当局幹部の発言には、三つの事実誤認、あるいは、ウソがある。

 それは、「共産党・新人民軍がブンカランから資金を得ている」「全国砂糖労働者連盟は共産党・新人民軍のフロント組織」、そして「被害者たちが500ペソ(約1081円、1ペソ=2.16円)で雇われて参加した」という発言だ。

農民への法的サポートなどを担う全国砂糖労働者連盟

 そもそも全国砂糖労働者連盟とはどのような組織なのか。フィリピンの政治・労働運動史のコンテキストの中に、今回の事件を落とし込むことではじめて、事件の複雑な背景と政治的意図を考察することができるだろう。

スクリーンショット 2020-11-03 16.53.21

スクリーンショット 2020-11-03 17.16.22

【写真上】西ネグロス州の、とある集落に集まった人たちと話をする全国砂糖労働者連盟のメンバー=2020年2月4日 【写真下】西ネグロス州の中心都市バコロド市内にある全国砂糖労働者連盟の事務所=2020年2月9日

 フィリピン政府は、全国砂糖労働者連盟などによって創設された左派系労組の連合である5月1日運動(the Kilusang Mayo Uno)、医療従事者同盟(Alliance of Health Workers)、教職員同盟(the Alliance of Concerned Teachers)、人権団体カラパタン(Karapatan)、社会・経済・政治に関する問題について研究し発信するIBON財団などを、共産党・新人民軍のフロント組織(legal front)としてみなす(*6) 。つまり、これらの組織が、共産党・新人民軍の勢力拡大を目的として、新メンバーの勧誘、資金集めをしているというのだ。

 そして、フィリピン政府は、これらの組織を支援しているEUとベルギーに対して、支援を止めるよう要請した(*7) 。

 次に、全国砂糖労働者連盟が実際、どのような活動をしているのかを紹介する。
全国砂糖労働者連盟は、カトリック系学生運動のリーダーであったエド・テハダやエドガー・サギンシン神父らを中心として1971年に設立され、労働雇用省に労働者連盟として登録された(*8) 。

 砂糖増産ブームに沸いた当時、ネグロス島では、稲作地や未墾地がサトウキビ農場へと姿を変えた(*9) 。地主層が砂糖ブームに浴する他方で、自家消費用作物の減少によって、農場労働者の生活はいっそう悪化した(*10) 。こういった状況の中で、全国砂糖労働者連盟は、誕生した。

 この労働者連盟は、労働者のエンパワー、砂糖労働者の労働環境改善、包括農地改革計画の推進を主な目的としている。具体的には、包括農地改革計画や労働者の権利などに関する連続講座の開催、包括農地改革計画や土地紛争に関する法的サポートなどを行う(*11) 。

 2020年10月現在、約70箇所(*12) のサトウキビ大農場の労働者グループが、包括農地改革計画の手続きの進捗を見守っている(*13) 。手続き上の法的サポートや農地改革省との仲介などを、全国砂糖労働者連盟が担っている。包括農地改革計画のガイドラインに従えば、112日以内に手続きは終了する(*14) 。しかし、多くのケースにおいて、農場労働者が農地分配を進めるよう農地改革省へ請願書を提出してから、すでに5~8年が経過している(*15) 。

 さらに、全国砂糖労働者連盟は、50~60件の訴訟に対する法的サポートもしている(*16) 。前述したように、農場労働者が農地分配を要求し、特にブンカランを実行したサトウキビ大農場では、地主から訴訟を起こされたり、深刻な脅迫を受けるケースが後を絶たないからだ。訴訟は、虚偽の放火、泥棒、不法侵入、土地などの不法使用といった容疑だ(*17) 。

 2020年2月に私たちが実施したサトウキビ大農場での聞き取りにおいても、ブンカラン実施後のさまざまなハラスメントに関する情報を得た(*18) 。たとえば、西ネグロス州のあるサトウキビ大農場では、2016年にブンカランを開始して以来、農場労働者たちは、農場の管理人に撃たれそうになった、収穫間近の作物を銃を装備した集団にトラクターでなぎ倒された、農場に設置した小屋を焼かれたなどの暴力を経験している。

被害者たちは500ペソで雇われてブンカランに参加したのか

 今回のサガイ・ナイン事件は、土地の所有をめぐるこうした複雑な歴史の延長線上で起こった事件である。前回の「(プロローグ)阻まれる農地分配」でお話ししたように、被害者たちは、2012年に全国砂糖労働者連盟サトウキビ大農場ネネ支部を結成し、労働雇用省に組合として登録した。

 さて、ここで、前記で紹介した国家警察幹部の発言を再度紹介する。

▶︎2018年10月21日
 西ビサヤ地方のジョン・ブララカオ警部は「精鋭軍が新人民軍の兵士による犯行の可能性を追跡している」「共産党・新人民軍は、耕作し土地を占拠するために、ブンカランを実行する」と発言。
▶︎2018年10月23日
 国家警察長官オスカル・アルバヤルドは「新人民軍は全国砂糖労働者連盟のようなフロント組織を使って土地を占拠し、多額の資金を得ている」と発言。
▶︎2018年10月31日
 国家警察は「被害者たちは、事件の2日前に、新人民軍のフロント組織である全国砂糖労働者連盟に500ペソで雇われてブンカランに参加した」と発言。

 まずは、「被害者たちは、事件の2日前に、新人民軍のフロント組織である全国砂糖労働者連盟に500ペソで雇われてブンカランに参加した」との発言について。全国砂糖労働者連盟の設立の経緯や被害者たちが置かれた労働環境を詳述してきことから、被害者たちは2012年の時点ですでに全国砂糖労働者連盟のメンバーであったことは明らかだ。

 また、全国砂糖労働者連盟事務局長によると、被害者たちは、再度、農場の借地人であり、彼らの雇用主であるシンビンコや農地改革省と協議の場をもち、進展がない場合にブンカランを実行すると決めていた。サガイ・ナイン事件のあと、ブンカランを実行した全国砂糖労働者連盟サトウキビ大農場ネネ支部のメンバーは活動を中止しており、当事者に確認することはできないが、ブンカランを実行する数か月前からその準備をするのが常である(*19) 。

 サトウキビ大農場ネネ支部のメンバーが最後に設定した協議の日は、2018年10月15日、16日だった。その日、シンビンコは会議場に現れなかった。事実上、労働者たちの農地分配を求める請願は反故にされ、彼らはブンカランに踏み切った。

 これらより、「事件の2日前に雇われブンカランに参加した」という主張は、事実に反する。

 次に「ブンカランは共産党・新人民軍の資金源」との発言について考察する。

切羽詰まって始めたブンカラン

 そもそもブンカランは、飢餓に対処するために、包括農地改革計画に従えば分配されるはずの農地に、小作人や農場労働者が自家消費用の作物を植える運動だ。フィリピン各地で実施されており、その歴史は1970年代に遡る。

 ネグロスでは、全国砂糖労働者連盟が舵をとり、全国的にブンカランと呼ばれていた耕作運動をファーム・ロット・プログラムという名前で1983年に開始した(*20) 。1980年代、国際砂糖市場暴落の影響を受け、ネグロス島の砂糖関連産業で働く労働者の中に深刻な飢餓が発生した。全国砂糖労働者連盟は、それに対応する必要があった。1988年に包括農地改革計画が開始されると、ファーム・ロット・プログラムの現場が包括農地改革計画の対象地となっていったため、この運動は縮小した(*21) 。

 2008年になると、全国砂糖労働者連盟は、あらたに、ランド・カルチベーション・アクションを開始する必要に迫られた。なぜなら、包括農地改革計画の進捗があまりに鈍く、死の季節と呼ばれる農閑期(5~9月中旬)に大方のサトウキビ大農場で発生する飢餓を改善する必要があったからだ(*22) 。

 前回のプロローグでもお話ししたように、被害者となった9人を含む全国砂糖労働者連盟サトウキビ大農場ネネ支部のメンバーも、家族が食べる物を植えるためにブンカランを開始した。なぜなら、第三者への「贈与」という抜け道を使って、地主が農場労働者への農地分配を免れたため、もはやブンカラン以外に食糧を確保する術がなかったからだ。

 切羽詰まって始めたブンカランだが、他方で、その決意が、自分たちの命を危険に晒すことになるのも、労働者たちは十分に知っていた。彼らは、2014年に「25人への贈与」の妥当性について調査するよう農地改革省へ要請して以来、地主トレンティーの私兵から、農地分配の要求を取り下げるよう脅迫されていたのである(*23) 。

 農場労働者や小作人は、いつもこのような究極の選択を迫られている。

〈主張して暴力の標的になるか、それとも、奴隷のような労働に耐えるか〉

 農場労働者が、ひとたび行動に出ると、地主の逆鱗に触れることになる。
農場労働者は大農場の中に集落を作り、親の世代からそこに住み、働いているにも関わらず、法律に則り農地分配を求めた途端、不法占拠者として農場から追い出されたりするのだ。

 全国砂糖労働者連盟によれば、2010年以降に、ネグロスの150以上の同労働者連盟支部のメンバーたちが、それぞれが働くサトウキビ大農場においてブンカランを開始した。だが、その約90%のグループが、地主による多様な暴力を経験している(*24) 。たとえば、解雇、立ち退き、執拗な脅迫、泥棒・強盗といった罪状による告訴、全国砂糖労働者連盟支部リーダーの殺害、逮捕・勾留などだ(*25) 。

 サガイ・ナイン事件の被害者たちは、法律に則れば分配されるはずの農地に、飢えを凌ぐため、自らの権利を主張するためにブンカランを実施した。自らの意志によってあくまで自家消費用の作物を植えたのである。

 したがって、ブンカランに関する国家警察の発言「ブンカランは共産党・新人民軍の資金源」は、事実に反する。ブンカランは、サトウキビ大農場ネネ支部のメンバーたちによる生き残りをかけた選択だ。

 次回は、国家警察の「土地紛争」に関する発言について検討する。(つづく)

スクリーンショット 2020-11-03 17.05.44

【写真】収穫が終わったサトウキビ畑で遊ぶ子供たち=2020年2月9日、フィリピン・西ネグロス州ムルシア

脚注

*1) PNP files murder raps vs. 2 Sagay massacre suspects, Philippine Newes Agency, October 28, 2018. (Retrieved October 20, 2020, https://www.pna.gov.ph/articles/1052334).
*2) フィリピン共産党(CPP)は、当時フィリピン大学の講師をしていたホセ・マリア・シソンなどの知識人を中心として1968年に創設された。その翌年、共産党の軍事部門として新人民軍(NPA)を創設し、武装闘争を開始した。1957年共和国法第1700号によって共産党活動は違法とされたが、同法は1992年に廃止された。1987年憲法で言論の自由などは保障されている。出典:大野拓司・寺田勇文編著『現代フィリピンを知るための61章【第2版】』明石書店、2009年。1992年共和国法第7636号など。
*3) 現政権発足当初、共産党-軍事部門との和平合意に期待が寄せられた。だがドゥテルテ大統領は、2017年11月に和平交渉の中止(2017年布告第360号)を、翌12月にはそれらをテロリスト(2017年布告374号)として宣言した。フィリピン国軍の推計によると、2018年時点で、国内の3~4地域にNPA兵士は3700人いるとされる。それに対し、8万5千人の国軍兵士が配置され、国軍総予算の半分1954億ペソ、約4230億円が充てられた。出典:[OPINION] The Philippine military and its hypocrisy, June 09, 2020, Rappler. (Retrieved June 29, 2020, https://www.rappler.com/voices/thought-leaders/opinion-philippine-military-hypocrisy-counter-insurgency).
*4) 9 sugarcane workers gunned down in Negros Occidental, October 21, 2018, Inquirer. Net. (Retrieved October 20, 2020, https://newsinfo.inquirer.net/1045245/9-sugarcane-workers-gunned-down-inside-hacienda).
*5) Albayalde: NPA used farmer’s group in Sagay slay case as legal front, October 23, 2018, Inquirer. Net. (Retrieved October 20, 2020, https://newsinfo.inquirer.net/1045922/albayalde-npa-used-farmers-group-in-sagay-slay-case-as-legal-front).
*6) Group seeks Congress, CHR probe of Sagay massacre, October 31, 2018, Philippine News Agency. (Retrieved October 31, 2020).
*7) AFP confident of proving cases vs. CPP-NPA front groups, Mar 30, 2019, Philippine News Agency. (Retrieved October 20, 2020, https://www.pna.gov.ph/articles/1066074).
*8) AFP confident of proving cases vs. CPP-NPA front groups, Mar 30, 2019, Philippine News Agency. (Retrieved October 20, 2020, https://www.pna.gov.ph/articles/1066074).
*9) 永野善子『砂糖アシェンダと貧困──フィリピン・ネグロス島小史』勁草書房、1990年、272-273頁。全国砂糖労働者連盟へのインタビュー、2019年2月、フィリピン西ネグロス州バコロド市。
*10) 永野善子『砂糖アシェンダと貧困──フィリピン・ネグロス島小史』勁草書房、1990年、272-273頁。
*11) 永野善子『砂糖アシェンダと貧困──フィリピン・ネグロス島小史』勁草書房、1990年、272-273頁。
*12) 全国砂糖労働者連盟へのインタビュー、2019年2月、フィリピン西ネグロス州バコロド市。
*13) 2019年10月31日に、裁判に関する記録、パソコンなどすべてが国家警察と国軍によって押収されたため、手続き中の包括農地改革計画の件数、訴訟件数に関する正確な統計を示すことはできない。同日、フィリピン西ネグロス州バコロド市にある全国砂糖労働者連盟を含む労働組合や人権団体など4か所の事務所とメンバーの自宅が、一斉に家宅捜索されたのだ。57人が連行され、そのうち11人が、虚偽の武器不法所持の容疑で起訴された。11人中4人は保釈されたが、7人は現在も勾留されている。
*14) 全国砂糖労働者連盟へのインタビュー、2020年10月、オンライン。
Department of Agrarian Reform Administrative Order No. 01, 2020.
*15) 全国砂糖労働者連盟へのインタビュー、2020年10月、オンライン。
*16) 全国砂糖労働者連盟へのインタビュー、2020年10月、オンライン。
*17) 全国砂糖労働者連盟へのインタビュー、2020年10月、オンライン。
*18) 農場労働者へのインタビュー、2020年2月、フィリピン西ネグロス州ムルシャ町。
*19) 全国砂糖労働者連盟へのインタビュー、2020年10月、オンライン。
*20) 全国砂糖労働者連盟へのインタビュー、2019年1月、フィリピン西ネグロス州バコロド市。
*21) 全国砂糖労働者連盟へのインタビュー、2019年1月、フィリピン西ネグロス州バコロド市。
*22) 全国砂糖労働者連盟へのインタビュー、2019年1月、フィリピン西ネグロス州バコロド市。
*23) 全国砂糖労働者連盟へのインタビュー、2019年1月、フィリピン西ネグロス州バコロド市。
*24) 全国砂糖労働者連盟へのインタビュー、2020年10月、オンライン。
*25) 全国砂糖労働者連盟へのインタビュー、2020年10月、オンライン。



いいなと思ったら応援しよう!