深海魚のはなし。

これはとある深海魚の話

深海魚は暗い海奥底深く一人で過ごしていた
けれどそれはとても心地いい世界だった
降り注ぐ感情の死骸 マリンスノー
それを眺めるのがとても大好きだった
しいて欠点をいえば息苦しくて寂しいことくらいだったかな

深海魚はある日、漁の網に引っかかり地上へとあげられた。
気圧の変化で身体はブクブクと膨らみ、太陽の日差しは皮膚を焼き全身火傷を負ってしまったような痛みを覚えた。
『何故、こんなことをするのか』
漁師に聞けど、漁師の言葉は濁ってついにその言葉は分からなかった。

深海魚は水族館へと展示された、色んな人に観察され涙が出るくらい恥ずかしく情けなかった。
キモい、グロテスク、気持ち悪い
悪意ある言葉は深海魚の心を裂いた。
私の悲しみは私だけのもの
なんで他人に評価されねばならぬのか、ああ、深海に戻りたい。
あの冷たくて息苦しい一人の世界へ

やがて深海魚は水槽の外へ飛び出した
鰓呼吸は酷く苦しく このまま死ぬのかもしれないと覚悟した。
水族館の職員はドロドロになってしまった深海魚を死んだと思い、砂浜へ捨てに行った。
深海魚は深海に戻ろうとした だけど深海は奥深く自力で戻れそうになかった。

深海魚は夜空を眺めた、広がる星空は深海魚に『ああ地上も悪くないのかもしれない』と思わせるのに十分なほど輝いていた。
足を生やした 手を生やした 人間の顔を作った 深海魚は人間に混じり歩きだした

裸で歩いてた深海魚を人々は奇怪な目で見たが服をくれた
服を着てみた。気持ち悪い。
化粧をしてみた。気持ち悪い。
目を見て話す。怖すぎる。
作り笑いをして。無理。
人間の世界は窮屈で怖い、深海魚は座り込んでしまった。

だけどそんな深海魚の周りにもたまにいっしょに座って話してくれる人が現れた。
またひとり、またひとり。
深海魚は楽しくなって渡された紙とペンで絵を描いてみせた。
人々は楽しげにそれを見てくれた、深海魚はそれが涙が出るくらいその光景が美しくて。
熱い涙がじわりと作った人間の顔を伝った。

それから深海魚は人々の生活に混じり、相当人間らしくなった。人間と恋して人間と喧嘩して人間と楽しみを共有し人間と仕事をしている。

このアスファルトで塗り固められた世界はあまり美しくない、けれどその世界に住む人間は美しいのかもしれない。
深海魚はその可能性を知っている
それだけで深海魚はこの世界に居続けている。
最高に美しい世界を求めて


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