天蓋の下

ある種の実存的なたとえ話がここにある。

 星屑や花びらで煌びやかに飾られた天蓋の下に少女がいる。少女がそこをどくとショートケーキが残り、そのときその天蓋の下は完全に充足した空間になった。少女が牛乳を取って戻ってくるとそこは決して満ち足りることのない空間へ引き戻された。やがてコップをもってくることを忘れた少女が再びその場を離れると、牛乳も一緒になって天蓋の中に充足をもたらした。コップと、フォークを一度置きに戻ってきて、そのままティッシュを取りに行った少女のおかげで再びもたらされた充足。やがて戻ってきた少女は、持ってきたティッシュ

・をあらかじめ机に敷いておく。

 ぽろぽろと落ちるケーキのかすをティッシュが受けとめる。決して満ち足りることのない空間からやがてショートケーキが消失し、少女はティッシュ

・で口元を拭う。

 いくらか床にこぼれおちたくずが見つかったので、ティッシュ

・に床のくずを拾い集める。

 少女の存在によって天蓋のもとに充足がもたらされないとはつまり、ティッシュというものの天蓋の下における存在によって説明される。
 少女はティッシュで拭いたり、集めたり、受けとめたりできる。自らの掌のうちに置き、あらゆる使用手段を選び取ることができる。
 この限り、空間は充足とは切り離され無数の可能性の下に置かれる。これをふまえると、例えばケーキや、天蓋という空間そのものも例外ではなく、人間による様々の選択の末にそこにありえたものであったと言える。フォークというものの使い道が食事に限られるまでにも、鉄の加工、型の形成……結局すべては人間の選択肢としてそこにあるに過ぎないのである。

 ではハプニング的な事象がもしここにあったならどうだろうか。彼女が買っている猫が突然そこに現れて、ケーキを倒したら、それは少女の選択不可能性という反例を示すことになるだろうか。

 答えは否である。この猫に対して少女はまず

・鍵を閉めて、部屋に入れないようにする

・捕まえて膝の上に置く

・あえて放っておき、猫の行動の成り行きに任せる

 など、思いつくだけでも様々な選択を経る。
 ここにおいてそもそもの猫を飼うという選択肢について言うのは忍びないことなので言及を避けたとしても、今、天蓋の下で起きていることについてだけでも、少女が自らの意志によって何を、どこに置くのかを選び抜いたすえの結果であり、そこが少女の選択と選択可能性によってつくられた空間であると言うことができるのである。

 よってこの場合の空間において、少女にとって不都合な出来事すら、少女の選択によって形作られた世界の中の可能性のひとつにすぎず、どんな事象もそこでは少女の身体の延長のうちに帰化される。

 

 この選択の広がりとは、考えうる限りつづく見事なものである。例えばある男がチンチン丸出しで部屋にいる場合、について、そこにおいて起こることが考えられうる限り、その物は空間の中で男という所有者とともに空間に働きかけ続ける。

 チンチン

・で壁を撫でる
・が布団をたたむ
・で人差し指を跳ね返す
・の置物を飾る
・型の時計を飾る
・の絵を描く
・で絵を描く
・に絵を描く
・が乾いてくる
・が奇跡的なアングルで見えなくなる
・を触る
・ではないものとチンチンとを分別する
・に似てるものを調べる
・を部屋の中央に置く
・で障子を突き破る
・を鏡に映す
・的な思考に身をゆだねてみる
・だけを布団に寝かせてみる
・とタマキンの間に指で作った輪っかを通して見る
・くらいの大きさのコップいっぱいに水を注ぐ
・視点の漫画を描いてみる
・がドリルだとして、地球の裏側へ掘り通るのには何年かかるのか調べる
・前駅の時刻表を調べる


・に嘘を吐く
・に本当の事を言う
・を両手で、捧げものをそうするように、お天道様に向けて掬いあげる
・が消えたテレビの画面に映し出される
・を見つめなおすきっかけを部屋の中に探すようになる
・に意識を集中し、それがおのずと自らの身体を飛ばすことにつながる
・が皿に載っていることに得体のしれない違和感を憶える
・の延長として、自らの身体を捉えなおす
・とはアンテナで、見たい番組を受信することも、誰かと電話がつながるのも、日によって自分の心にムラがあるのもすべてチンチンのおかげだと気づく
・がカーテンをそっとめくり、春の訪れを実感する
・だらけの世の中にそっと飛ばすための紙飛行機を折る
・で紙飛行機を折る
・で紙飛行機をつつく
・が作り出す坂のゆるやかだったり急だったりに新鮮に驚く
・とはなにか、を考えない
・の行く先は、その用途やこの先の道程の右往左往に関わらずただ一つであることを己のために証明する
・で神的存在からの啓示を受け取る
・を振って、鼠径部の音がする
・を労働させている間、完全に脳が休んでいる
・の姿形を変えてみる
・で植木鉢を掘り起こすと、残った菜の花の根が出てくる
・を触媒に、自分の気持ちに触れる
・のほんとうの姿とは、はたして何なのか考える
・をドアノブに触れさせようと努力して、身体が躍動する
・の動きが、大気の動きと連動して空間すべてがチンチンの描くその弧線に沿っている瞬間に気づく
・とドアノブの、己の身体からの、己という現存在からの距離が一致に近づいていることに気が付く
・が時計に見える
・が橋に見える
・が指に見える
・から部屋の隅まで、何の妨げもないことに気づく
・が車に見える
・と地図を重ね、先っぽで京都を示す
・に帽子をかぶせ新幹線を予約する
・でリュックサックのチャックを開ける
・が詠むための本はどれがいいか、聞く
・にも服を着せてやる必要があると思えてくる
・が温まる服がないか、タンスを漁る
・がタンスに見える
・から服を出すために触れる
・から服を出すために、手を動かし続ける
・から服ではない何かが飛び出す
・を見てふと、我に返る
・を見たくなくなる
・を拭った後、力なくベッドに横たわる
・が眠りにつく中、男の目は天井を眺めている
・の真上にある天蓋を男はぼーっと見つめる
・の真上の天蓋にはそれでも尚、星に満ちた宇宙の刺繡がほどこされている


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