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『京都メディア史研究年報』第8号

佐藤卓己先生の研究室が発行している年報。毎年たくさんの成果が載っていて圧倒されるが、今号は科研費の共同研究として進められているメディア議員研究の成果が多く載せられている。

佐藤先生が書かれている池崎忠孝は、赤木桁平のことである。「この両者が同一人であることを知っているひとはきわめて少ない」という引用があって、私がその点をしっかり認識していない一人だったので思わず冷や汗をかいたのだが、漱石門下の異端児としてでなく「メディア議員」として赤木=池崎を捉える視点。換言すれば、文芸評論や軍事評論を「「政界入り」のステップに過ぎなかった」(p.16)ものとして捉え、その後の池崎の活動の軌跡を、政治への関心から彼を捉えて行く視点は刺激的だった。

なぜかというと赤木にはほかならぬ『人及び思想家としての高山樗牛』のような著作があるからで、「メディア議員」は明治30年代の「論壇の寵児」高山樗牛をどう見ていたのか、ということはどうしても気になる論点だからである。

谷沢永一氏の『大正期の文芸評論』などには目は通していたはずなのだが、私自身の赤木の同書については、これまでぼんやりとしたイメージしかもっていなかったように思う。今回提示された「メディア議員」にいたる視点から、同書を再度読み返してみようという気持ちになった。

あと、書評で取り上げられていたこの本も大変気になる。後で手に入れようと思う。


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