即興小説15分 2 雨、指輪、廃墟
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雨が降っている。あたり一体の音をかき消すかのようなその自然音は、どこか遠くに聞こえているような気がした。
この場所ももうずいぶんとぼろがでてきているのか、隙間の空いた屋根からはぽつぽつと水滴が滴っている。それを避けることもなく、私は地面に手をついていた。
「ない……ない……」
草が生え、濡れ、こけが生えたぬめぬめとした、もう床とも呼べないそこを這いずり移動していく。何年、何十年とそうしていた。
幽霊、なのだろうか。廃墟に住む幽霊。心霊スポットとして話題になっているのか、最近はたびたび人がやってくるようになった。進んでちょっかいをかけるようなことはしたことがない。それでも、あの場所には幽霊がいると話題になっていることは、やってきた人々の会話を聞いてなんとなく知っていた。
人が来ようが、こまいが、関係ない。私はただ、見つけたいだけなのだ。怨念の類も持ち合わせていない。それはすべて忘れてしまった。消えてしまった。私はこの場所で殺されたけれど、それはなんだかもう些細なことだった。私はただあの人のことが気がかりで、あの人が死ぬ前に見つけておかなくてはならなかった。
婚約指輪、必要なのかしらと思っていた。結婚してからでもいいのではないのかと。けれどあの人は、私たちとの間を繋ぎ止める何かが欲しいといっていた。そんなことをしなくても私はどこにもいかない、そう思っていたけれど、結局こうなってしまったのだから、あの人の予測は正しかった。でも、肝心のそれをなくしてしまった。
私を殺した奴への憎しみがあるのなら、私からあの人とのつながりを奪ったことだった。大事な大事な、婚約指輪。早く見つけなければ。もうじきあの人も寿命だろうから、それまでには絶対。
そのときふと、遠くから雨ではない音が聞こえてきた。カツ、カツ、とゆったりとした速度でこちらへ近づいてくる。
幽霊は人を怖がらせる存在。幽霊になってから、恐怖という感情は忘れてしまった。だから私はただその音を聞いていた。
カツ、カツと響いていた音は私の背後で止まった。誰か、いる。また心霊スポットをめぐる人間だろうか。振り返るのが義理のような気がした。
「やあ」
男の声と、それから見慣れた姿があった。
「やっと会えた」
あの人だった。声も出せず、いや、そもそもずっと誰とも喋っていないから声を出せるのかすらわからなかったが、とにかく、驚きのあまり放心した。
「死んじゃった」
その人はにっこりと笑って、私を抱きしめた。温度はなかった。胸に顔をうずめて、言いたいことはたくさんあったけれど、言わなければあることがあると思って、いった。
「指輪、なくしてしまったの。一緒に探して?」
「もちろん」
優しく微笑むその顔が嬉しくて、嬉しくて、枯れ果てた涙がまた一筋伝っていった。