即興小説15分 33 水族館の夜間ツアー 壊れた腕時計 深海魚の研究者
1405字
今日、僕は彼女とともに水族館へやってきた。なんでも、夜間の深海魚ツアーが人気だそうで、魚好きな彼女が誘ってくれたのだ。
僕は魚、ましてや深海魚には全然詳しくないから、そんな僕でも楽しめるのだろうかとちょっと不安だった。
ツアーが始まった。水族館のロビーに集まった参加者の前に現れたのは、深海魚の研究者である新藤さんだ。それから案内人の女性スタッフがついている。
「それでは深海魚の旅へ出発しましょう!」
スタッフの誘導で、深海魚コーナーへと移動する。
「さて、まずは有名どころ、シーラカンスです。新藤さん、シーラカンスはいったいどのような生物なのでしょう?」
「シーラカンスは生きた化石とも呼ばれ、その名の通り、はるか昔——3億5000年前から生息していました。一度は絶滅したものかと思われましたが、1938年に見つかり、生きていることが確認されました。体長、体重はちょうど日本の成人男性くらいですね。寿命もだいたい100年くらいなので、現代の日本人と似ていたりします」
人気だということで、何か大きなしかけでもあるのかと思ったが、ツアーは何の変哲もなく進行した。新たな知識を得ることができてたしかに面白いが、どうしてこのツアーが人気なのだろう。
「さて——新藤さん。例の時間ですね」
「そうですね」
スタッフと新藤さんが何やら怪しげな会話をしている。そうして、新藤さんが腕をかかげた。
「実は私が付けているこの腕時計は壊れているのです。いまから皆さんには、私の腕時計の時間にまでさかのぼってもらいます。この時計は超高性能でして、はるか未来も、はるか過去にも調整できるのです」
そうして新藤さんが時計の針を調整した。
「ではこちらに」
連れて行かれたのは、絶滅した生物のコーナーだった。昼間に見たときは、化石が展示されているだけで、水槽はあるが、中にはないも入っていないかった。
「え、あれって……!」
隣にいた彼女が目を丸くする。見やると、そこにはおそろしく巨大で不気味な生物がいた。
「エーギロカシス・ベンムーラ……!?」
「おや、お客さんの中に詳しい方がいらっしゃったようですね。そう、これはエビの仲間であり、すでに絶滅した生き物です」
「なんで絶滅した生き物が……!?」
ツアー参加者の間にどよめきが広がる。
「まだまだいますよ。お次は巨大魚ですね。ダンクルオステウスにメガロドン……これだけ大きな水槽を用意しても、なかなか泳ぐのが大変そうですね……すぐに解放してあげましょう」
そうして新藤さんが時計の針を回すと、ふっと魚たちは消え去る。
「ど、どうなってるんですか!なぜ絶滅した古代魚がいるんです?」
彼女が声を上げる。すると新藤さんは軽く微笑んだ。
「どうしてでしょうねえ」
そうして古代魚ツアーが終わった。参加者たちはみな唖然としている。
「さて、そろそろ時計の針を現代に戻しましょうか。ああ、そういえば言い忘れていました。ここであった出来事は忘れてくださいね。もっとも、覚えてはいないと思いますが……」
その言葉を最後に、意識がふっと落ちた。
目覚めると、水族館のロビーにいた。
「あれ、僕たちはいま何を……?」
彼女に尋ねると、彼女もぽかんとした顔をしている。
「でも、なんだかすごい時間だったような気がする……」
胸は得体の知れない満足感に満ちていた。