即興小説15分 27 学校の屋上 イヤホン 一人で歌の練習をしている生徒

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 今年も春が来た。ほんの少しと絶望と、ほんの少しの希望が同時にやってくる季節。去年は絶望の比率が高かったけれど、今年はそれなりに希望が見えていた。あと一年でこの学校を卒業できるからだ。きっとまた、短いようで長い一年だ。

 新しいクラスになって気持ちが浮ついているのだろう。廊下は騒がしい。その中を一人歩いていると、ちらちらと視線を送られる。相も変わらず僕は疎まれている。

 そんな外からの刺激が嫌で、たまらずイヤホンを着けた。曲は流さない。ノイズキャンセリングの機能をオンにして、ただ静寂な世界を堪能する。これが一番いい。

 屋上へと向かった。階段を登って、さびた扉に手をかける。

 外はまだ肌寒い。吹きつけた風が髪を揺らす。フェンスへと歩いていって、校庭を見下ろした。ぐるりと取り囲むように咲いた桜が、なんだかカモフラージュされた檻のようで気味が悪い。動植物はありのままが一番綺麗だと思う。だから舗装されていない山とか、森が好きだ。都会に住んでいるとなかなか行けないけれど。

 ここまで来れば喧騒にも邪魔をされないだろうと、イヤホンを外した。しかし想像は破られる。すぐ背後から人の声が聞こえた。

 驚いて見やると、こちらに背を向けて女子生徒が立っていた。体を揺らす、それはまるでリズムをとっているように。彼女が息を吸い、そして声を発した。ただ話すようにではなく、そう、歌うように。

「——♪」

 流行りのJ-Popだった。切ない恋愛ソング。美しい旋律が彼女の透き通るような声がなぞっていく。僕は思わず聞き惚れていた。

 しばらくして女子生徒が歌い終わり、そしておもむろにこちらへ振り向いた。

「わ!」

 僕を見て驚くと、後ずさって赤面する。

「い、いつから!?」

「さっき」

 初対面の相手にしてはぶっきらぼうに答えてしまった。まあ、仲良くなるつもりもないので構わない。

「聞いてました?私の歌……」

「うん」

「ど……どうでした?よかったら感想を聞かせてください!」

「……いいんじゃない。うまいと思う」

 正直に思ったことを伝えた。プロレベルかと言えば違うが、カラオケで人に聞かせられるくらいではあるだろう。僕は人とカラオケに行ったことはないけれど。

 僕の言葉に、彼女はぱっと顔を明るくする。

「ありがとうございます!私、歌手を目指しているんです!いま歌っていたのも、私が好きな歌手の新曲で……!あっ!」

 彼女が自分の口を塞いだ。

「す、すみません!会ったばかりなのに!えっと、私、今年入学した一年の……」

「ああ、名乗らなくていいよ。どうせ忘れるし」

「……」

 彼女は開いた口をそのままにして、ぱちぱちと瞬きをした。自分でもわかっている。無愛想だ。でもこれでいい。僕と付き合っても碌なことにはならない。

 屋上を去ろうとしたそのとき、彼女に呼び止められた。

「あの、月村先輩ですよね」

「知ってるんだ」

「さっき、クラスメイトが話しているのを聞きました。その……この学校にすごく有名な子役だった人がいるって」

「……」

「歌も出してましたよね。知ってますよ、私!幼稚園の学芸会で踊りましたもん!」

「そう。ありがとう」

「あの、失礼な話ですけど……なんで役者、やめちゃったんですか?」

 失礼だと前置きしたらすべての質問が許されるとでも思っているのだろうか。でもまあ、いずれその噂好きのクラスメイトやらに知らされるだろうから、いま言っても同じだ。

「声、病気でもう上手くでないから」

「え……」

「君はいいね。綺麗な声がある。じゃ、練習がんばって」

「……」

 彼女の表情は見えない。見るつもりもなかった。この話をするとみんな暗い顔をする。

 でも、これでいい。僕はもうみんなが知る月島景じゃないから。

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