即興小説15分 7 夜の路地裏、古びた手帳、探偵

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 パトカーの赤いライトが点滅する。立ち入り禁止と書かれた黄色のテープがあちこちに張り巡らされ、夜、繁華街の路地裏には野次馬ができていた。

「どいてください」

 そんな人ごみをかきわけて路地裏へたどりついたのは一人の探偵だった。緊急性のある事件に関して即座に駆けつけて、手がかりから犯人を分析する、優秀な探偵……そんな彼を呼びつけたのは一人の警部補だった。

「すみません、ここは関係者以外立ち入り禁止……」

 黄色のテープの前に立ち、そう言いかけた警官は、探偵がかざした通行許可証を見て静かに敬礼した。テープをくぐり、現場へと向かう。

「被害者は30代の男性。つい二時間前まで近くの居酒屋で友人たちと酒を飲んでいたことがわかっている」

「ということは、その二時間の間に犯行が行われた、と」

 探偵は一つ一つの情報を、特にメモをとることもなく頭に入れていく。一度聞けば覚えられるたちだった。腹をナイフで刺され、倒れている被害者へ手を合わせ、黙祷する。

 写真を撮る鑑定人たち。証拠品を集めていた白手袋をはめた人物が、探偵へあるものを手渡した。

「倒れていた被害者のすぐそばに落ちていたものです。遺品かと思われます。遺体には揉み合った形跡があるので、そのさいに落ちたものかと」

「ふむ……」

 探偵は白手袋をはめ、手帳をめくる。古びた手帳だ。何度もめくったのか、はじのほうは擦り切れている。スケジュールや簡単なメモが書かれている。ふと、あるページが目に入った。

「これは……」

 それまでとは打って変わって、奇妙な文字列。意味をなさないそれに、探偵は首を傾げた。

「どうしたんですか、探偵さん」

「手帳にこのような文字が書かれていまして」

 警部補に手帳のページを見せる。眉間にしわを寄せた警部補は、手をぽんと叩いた。

「暗号でしょう、これは」

「ええ。そのように見えますね」

 あとのページは真っ白。このページだけが不自然なのだ。

「腹をナイフで刺され、朦朧とした意識の中で犯人の特定に繋がる情報を暗号にしたためたのでしょう。つまり、この暗号を解けば……!」

「犯人が、わかる……」

 探偵はじっと手帳のページを見つめた。一見、規則性はない。アルファベット、ひらがな、カタカナ、漢字……さまざまな文字種が入り乱れている。

「よし、人身を暗号の解読に割こう。探偵さんも協力してくれ」

「いえ……待ってください。被害者がこれを書いたのだとしたら、不自然です。痛みの中でそんなことをできる時間はない。おまけに、落ちた手帳に犯人が気が付かないはずがありません」

「つまりこれは、罠だということかね?」

「ええ。その可能性が高いです」

 手帳を見つめる。すりきれた手帳。一見年季が入っているように見えるが、これは不自然だ。ページの半分以上は使われてない上に、メモとして書かれている日付はつい最近のもの。まだ買ったばかりだと考えるのが妥当だ。にもかかわらず、不自然にも古びてみる……。

「おそらくですが、犯人はこの手帳を偽造しています。被害者が普段使いしているものとよく似た手帳を用意し、そこに暗号を書く。気になった我々は暗号解読に気を取られ、その間に犯人は逃走……。つまりこれは計画的な犯行で、犯人は逃走のために時間稼ぎをしているに違いありません」

 探偵が断言すると、警部補は納得したようにうなずいた。

「たしかに、筋が通っている。では人員は犯人の追跡に回そう。暗号は探偵さん、あなたが解いてくれ。万一にも手がかりになるかもしれない」

「わかりました。得意分野ですのでお任せください」

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