即興小説15分 32 深夜のコンビニ 透明なガラスの球体 記憶喪失の青年
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「いらっしゃいませー」
深夜のコンビニ。私は夜勤のアルバイトをしていた。自動扉が開いて慌てて立ち上がる。こんな時間に人が来るのはめずらしい。
入ってきた男はどこか挙動不審で、強盗か何かかと身構えていると、レジに向かってきた。
「あのー」
「はい」
声色はずいぶんと謙虚そうだった。肉まんでも買いにきて、あまりに空腹にふらふらしてただけだったのだろうか?
「変なことを尋ねるのですが……」
「なんでしょう」
「ここはどこですか……?」
本当に変な質問だった。どこも何も、看板を見なかったのだろうか。
「コンビニですけど」
「そうじゃなくて、もっと地域を……」
「ああ、南店です」
「……てことは近所か?」
独り言をつぶやいている。やはり肉まんを買いにきたわけではないらしい。いざとなったら店の奥にあるさすまたでこづいてやろうと意気込んでいると、男が手に持った何かをこちらに見せつけてきた。
「それから、これに見覚えがありませんか?さっき、そこに落ちていたんです」
それは透明なガラスの球体だった。
「中に何か入っている……?」
「そうなんです。何に使う用とかまったくわからない……」
「とりあえず割ってみます?」
「え!」
「気になるじゃないですか。中身。こういうのは水を含んだ布でくるんで叩くといいって、聞いたことがあります」
私は給湯室で適当な布を濡らし、その球体を包んだ。そして手近にあったさすまたで割叩く。
「えいや!」
「うわあ!」
その瞬間、男が大声を上げる。胸を押さえて倒れたかと思うと、消え去った。
「え……え?」
文字通り、跡形もなく消えているのだ。驚いて、しばらく呆然とする。くだけちったガラスの中には「命」と書かれた小さな髪が入っていた。
するとまた自動ドアが開いた。
「いらっしゃいま……」
例の男だった。
「あー!え、どういうことですか!?手品か何かです!?」
「え、は、は?」
男はきょろきょろと辺りを見まわし、そして私の持っているさすまたを見ると踵を返そうとした。しかしそこはさきほどまで濡れた布が置かれていた場所。足をすべらせた男は転んだ。
「うわあ!」
その表紙に、男が手に持っていたガラスの玉が宙を飛び、床に落ちて粉々に砕け散った。と、同時に男が消え去る。
「な、なになに……どうなってるのこれ……」
とりあえずガラスの後片付けをしていると、再び自動扉が開く。案の定、男だった。
「あのー」
「な、なんでしょう」
「ここはどこです?」
……もしかしてこれは、無限ループというやつではないだろうか?そして男が持っているガラスの玉は男の命なのではないだろうか。察しのいい私はここまで理解した。となるとやるべきことはただ一つ。
「その手に持ってる球、絶対に落としちゃダメです!いいですか、とりあえず適当な箱に入れてください!あと布に包んでください!」
男が唖然としている間に、店の奥から段ボールと梱包材を持ってくる。そうして球を包んだ。
「ふう、これでよし」
「あの、この球はいったいなんなんですか……?そこに落ちていたんですけど……」
「ああ、これですか?あなたの命です」
男は顔を引き攣らせた。