即興小説15分 19 地下鉄の終着駅 ぼろぼろになった地図 目隠しをしている男
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私は駅員だ。地下鉄のこの場所に配属されてもうしばらく経つ。この駅は終点で、この駅に着いた車両は倉庫へ行くことになっている。田舎だが毎日それなりの人が出入りするから、その姿を眺めていた。
大抵、電車が駅に着くとどっと人が降りてきて、たまに少し駆け足の人が一番早く改札を通って出ていく。それから歩きの集団が次々に通っていって、最後に出ていくのは年寄りとか、そんな人たち。
いつも通りの光景を見守っていると、ふとおかしな人物を見かけた。おかしな人物——失礼な物言いだが、そう思うしかなかった。目隠しをして歩いていたのだから。
前が見えなくてどこか壁にぶつかったり、転んでしまうのではないか。そんな心配をしながら見守るが、男はまるでしっかりと前が見えているかのように迷いなく歩いていく。そして切符を改札に通して出ていった。
なんなんだ、あの人は。少し不気味な感じがした。あんな変な人はこれまでに見たことがない。
気になって、私は男のいく末を見守った。男は改札を出るときょろきょろと辺りを見回して、それから案内板へ向かっていった。構内の地図と、それから周辺の地図が載っている。もうずいぶんと昔に作られたものだからぼろぼろだ。色褪せた周辺の地図の方を見て、男はうーんとうなっていた。
目隠しをしているのだから、見えているはずがない。それとも何か特殊な素材でできていて、実は見えているのだろうか。いや、あれはただの布のように見えるし、色も真っ黒だ。そんなはずはない。
気になってじっと見ていると、突然男がこちらを振り向いた。見ていたことがバレたのかと焦って仕事をしているふうに装う。
「すみません」
男が話しかけてきた。
「な、なんでしょう」
「バス乗り場はどちらですか?」
男の話口調はいたって普通だった。けれどやはり目元は見えず、どこを見てしゃべればいいものかわからなくて動揺する。
「バス乗り場でしたらここを出て右に曲がったすぐのところですよ」
「どうもありがとう」
男は去って行こうとした。それを呼び止める。
「あの、それは目隠しではないのですか?」
失礼だっただろうか。男はゆっくりと振り返って困ったように眉を寄せた。
「目隠しですよ。少々事情がありましてね。でも前は見えます」
「いったいどうやって……?」
「いろいろあって、少し不思議な目を持っているのですよ。見ますか?」
え!と思った。目隠しを外してくれるのだろうか。
予想通り、男は目隠しを上へずらした。するとそこには光り輝く宝石が埋め込まれていた。眩しい。
「うわあ……」
「はは、何十カラットでしょうね。この宝石は。実はこのあと、この町の宝石商の元へ行くのです。そこでこれをくりぬいてもらいます」
「え……?そうしたらあなたの目はどうなるんですか?」
「なくなりますよ。盲目です」
「それは困りませんか?」
「いまの方がよっぽど困りますよ。いろいろと見えすぎるのです。たとえば……あなたには奥さんがいて、二人の子どもがいる。下の子がもうすぐ小学校に入学するでしょう?」
ぞっとしたその通りだった。
「こうやって人を驚かせてしまうから、嫌なんですよ。知らなくていいことまで知ってしまうのでね。なんだかひとりだけ魔法を使っているみたいでずるいでしょう?だから、宝石商に買い取ってもらうんです」
そういって男は去っていった。
あとに残された私はただ茫然とその姿を見ているしかなかった。