即興小説15分 13 崖の上にある風力発電所、割れたガラス瓶、名前を持たない配達員

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 やあ、みんな!僕の名前は——おっと、僕には名前がないんだった。詳しい事情を話すのはやめておくことにするよ。話が長くなるからね。まあ、いろいろあって僕には名前がないんだ。だから誰も僕の名前を呼べないし、僕も自分のことを話せない。これって結構便利だよ。名前がないだけで話しかけられる機会がぐんと減るからね。僕は人と話すのがあまり上手くないから助かっているよ!

 そんな僕の職業は配達員だ。配達をしているときに、つい宛名を見てしまう。僕には名前がないし、それで助かることも多いけれど、でもやっぱり少し名前がある人って羨ましいなあって思うんだ。

 そんなこんなで、今日の僕が運ばなければいけない荷物はあと一つになった。えーと、最後の届け先は……。

「風力発電所……?」

 このあたりはよく配達しているから詳しいけれど、こんな場所に風力発電所があったなんて知らなかったなあ。まあいいや。とりあえず届けにいくことにしよう!トラックを走らせるよ。ブーン。実は僕は名前がなくて免許証を発行できなかったから、無免許運転なんだ!毎日、いつ捕まるかなってどきどきしているよ。むしろこの緊張感が無事故の秘訣かもしれないね!

 さて、名前のない僕はついに崖の上にやってきた。風力発電はこの先にあるらしい。関係者以外立ち入り禁止の看板が立っていたけれど、無視して入ったよ。なんてったって僕は配達員だからね!立派な関係者さ!どんな場所でも関係者という名目で立ち入ることができるのは配達員の特権だね!

 そうして風力発電所の事務所へ向かった。おおきな風車の隣に立っている、小さな事務所だ。

「すみまーせん。配達員でーす」

 僕は自己紹介をした。名前のない僕にとっては、こうして名乗ることが自己紹介なんだ。人にバレずに自己紹介をする……なんて快感だろう!

 そうして事務所から顔を出したのは、やけに大きくてしわしわの顔をした老いた女性だった。

「なんだね?」

「うわあ、湯婆婆だ!」

 なんと、事務所から出てきたのは湯婆婆だった。

「わたしは、この風力発電を使って温泉を営んでいる湯婆婆だよ。よくわたしの名を知っていたね」

「だって金曜ロードショーで見たことあるもん!」

「なんてことだい!全編ノーカットで見てジブリに還元していないとはけしからないね!さあ、お前の名はなんだい?」

「実は、僕には名前がないんです。……いえ、違いますよ!対湯婆婆ように作られた人造人間ではないです!」

「ふん。名前がないとは貧相だねえ。わたしが名前をつけてやるよ」

「なんだって!それはとても光栄だ!」

「そうだねえ。お前の名はティーティーウーだ」

「ティーティーウー……?」

 そのとき、突如として湯婆婆の姿が変わり始めた。顔は小さくなり、背は縮み、僕より少し小さな背丈になる。緑の服に、緑の三角帽子、そう、ムーミンの友達のスナフキンだった。

「初めは明るく、終わりは暗く、ティーティーウーだ」

「ティーティーウー……」

「そう。ティーティーウー」

「ティーティーウー……ティーティーウー……!ティーティーウー!!」

 僕は嬉しかった。憧れのスナフキンさんに名前をもらったんだ!嬉しくって、僕は飛び跳ねた。いつのまにか僕は小さな動物になっていた。

「スナフキンさん、ありがとうございます!僕、憧れのスナフキンさんに名前をつけてもらって嬉しいです!」

「君、あんまり誰かを崇拝しすぎることは、自分を見失うことだよ」

「ひゃっほー!さすがスナフキンさん!かっこいい!」

 そうして配達員としての僕は思い出して、箱を差し出した。割れ物注意と書いてある。

「どうぞ、スナフキンさん。お届け物です」

「ああ。ありがとう」

 受け取ったスナフキンさんは、箱を見て顔をしかめた。

「なんだ、これは!割れ物注意だって!僕はルールが嫌いなんだ!」

 そう言って、スナフキンさんは箱を上下に激しく振り始めた。まるでヘビメタルのライブのようだった。

 箱の中でバリーンとガラスが割れる音がした。

「さすがスナフキンさん!とてもかっこいいです!」

 僕、ティーティーウーはとても嬉しかった。

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