即興小説15分 28 海岸の小さなカフェ 古びた地図 旅を続ける絵描き
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15分と言いつつ30分くらいかかっちゃった。
私はカフェの店長。父さんが始めた、海辺の小さなカフェを家族で引き継いで経営している。この時期は海水浴に来たお客さんや、夏休みを利用して帰省した人たちでにぎわうが、まだ開店したばかりなので人はいない。テーブルを拭き、掃除をして来客を待っていると、カランカランと吊り下げてあったドアベルが音を立てた。
「いらっしゃいませ。お好きな席どうぞ」
振り返ると、一人の若い青年がいた。軽く会釈をすると、青年は窓際の席に座る。そうしてメニューを読み始めた。
看板も、メニューも、全部私の手書きだ。親しみやすく、素朴。それがこのカフェのテーマ。むしろ必要以上におしゃれにすると入りづらくなって客足が遠のいてしまうのではないかと思ったからだ。
あの人はどんな注文をするだろうかと、軽い作業をしながら待つ。まだ朝が早いからモーニングメニューだろうか。それとももう朝ごはんを食べているなら、軽い飲み物だろうか。
しばらくして、青年に呼ばれる。メモを片手に向かう。
「オムライスを一ついただけますか」
それは優しい声だった。なんだか今日の爽やかな天気にぴったりのような気がする。「お待ちくださいね」と言って、私は厨房で待ち構えている父さんに注文内容を伝えた。
注文を待っている間、その人を観察していると、カバンの中から何かを取り出した。スケッチブックだ。そうしてえんぴつで何か書き込んでいる。さー、さー、と大胆な動き。絵でも描いているのだろうか。
オムライスを運んだときにちらりと見えたスケッチブックには、綺麗な鳥の絵が描かれていた。思わず声をかける。
「あの、それ……」
青年は不思議そうに首をかしげ、私の指さす先を見て、「ああ」と納得したように声を上げた。
「さっき、そこの海岸で見かけたんです。だからスケッチをしようと思って」
「とても上手ですね」
「いえ。これでも美大では下手な方でしたよ」
一瞬見えただけだったが、とても綺麗な絵だった。これで下手だなんて。
「それでも下手なりに売れない画家をやっているんです。あまりに売れないので、もうほとんど趣味になってしまいそうなんですけどね」
「私、買いたいです。どんな絵を描くんですか?」
「なんでも描きますよ。リクエストがあれば」
「じゃあ、この窓から見える景色を。私、好きなんです。この景色」
青年は窓の方を見た。綺麗な水平線が見える。
「特にこの初夏の雰囲気が。でも写真に撮ってしまったらなんだか違う気がして」
「なるほど……わかりました。描いてみます。オムライスを食べてから」
青年は窓の外を見ながら黙々とオムライスを食べて、そうして食べ終わってから、今度はスケッチブックではなくて画用紙を取り出した。
青年が来た後も何人かのお客さんが来て、すっかりお昼になった。ふと客足がやんだとき、青年がレジの方へとやってきて、絵を見せてくれた。
「できました」
「わあ……」
そこにはたしかにあの青年が座っていた席からの風景が描かれていた。写真のような緻密さはない。でも、初夏を思わせる優しい色合いが、まるで私の心の中にある海辺の景色をそのまま映し出したようで、思わず感嘆がもれた。
「それ、あげますよ。やっぱり売り物のレベルではないので」
「でも……」
「じゃあ代わりに道を教えていただけますか?」
そう言って青年は地図を取り出した。端が擦り切れている。
「方向音痴で、おまけに電子機器が苦手なんです。スマートフォンで地図を見ようとしたらなんだか画面がぐるぐる回ってしまって……」
「あら、それは大変ですね……どこに行きたいんですか?」
「このお店です。知り合いがとても雰囲気がよかったと教えてくれたので」
「……あの、ここ、うちです」
「え?」
青年がすっとんきょうな顔をする。そうして店の外に出て、看板を見た。戻ってきて、恥ずかしそうな顔をする。
「通りで素敵なお店だったわけですね……」
「ふふ、ありがとうございます。昼食も食べて行かれますか?」
「はい!ぜひ」