即興小説15分 16 忘れ去られた遊園地の観覧車 壊れたポケットウォッチ 旅を終えた元サーカス団員
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旅の最後の地点は故郷にしようと思っていた。故郷を旅する——なんとも不思議な感じだ。しかし別に間違ってはいない。幼い頃にすぐに離れてしまった場所だから、ほとんど記憶が残っていないのだ。わずかに残っている記憶をたぐって、故郷へと辿り着いた。
私はもともとサーカスの団員をしていた。曲芸師だ。そこで磨いた技術を、あちこちで旅をして見せていた。それで生計を立てていた。子どもの頃からの夢だったのだ。
さて……故郷にたどりついたが、なんだか記憶よりもさびれていた。たしかに小さな町だったが、もっと何か活気があふれていたような気がする。過疎化が進んでいるのか。
いろいろ見て回った。商店街とか。住んでいた家を探そうとしたが、思い出せずに断念した。人も、知っている人はいなかった。
そういえば、と思い出したこの町は、小さいながらに遊園地があった。子ども向けのジェットコースターと、コーヒーカップと、それからいくつかのアトラクションがあるだけだったが、昔は家族で遊びに来たものだ。懐かしい。
私は懐かしの遊園地へ向かうことにした。ところが、遊園地は廃園になっていた。入り口はさびれ、黄色と黒のテープがはりめぐらされて入れないようになっている。しかたないと帰ろうとしたとき、子どもの泣き声が聞こえてきた。遊園地の中からだ。
こっそり忍び込んで出られなくなってしまったのだろうか。だとすれば助けに行かなければ。
私は曲芸師だ。塀の一つや二つ、簡単に越えられる。ゆうに三メートルはありそうな壁を、勢いをつけて登る。飛び降りた先は、物悲しく、記憶とはかけ離れた遊園地の姿だった。
感傷に浸っている暇はない。子どもの姿を探す。
「おーい」
呼びかけるが反応はない。泣き声のする方へと進んでいく。ぐすん、ぐすん、とすすり泣く声は、観覧車の方から聞こえていた。
子どもの時は、なんて大きな観覧車だろうと思っていた。いま見れば子ども騙しのような大きさだ。サーカステントくらいの大きさしかない。
そんな観覧車の前で、少年が座り込んでいた。
「ぐすん、ぐすん」
「どうしたんだい、少年」
「ぼくの……っ、ぼくのとけいが……っ」
「時計?」
「そう。観覧車の中に忘れちゃった……」
観覧車を見上げる。もう軽く10年ほどは動いていないだろうと思われた。この少年は、まさか10年もここで泣いているわけではあるまい。いたずらで乗り込んでなくしてしまったのだろうか。
「どんな時計なんだい?」
「これくらいの大きさで……」
少年は手で大きさを示した。私の片手くらいの大きさらしい。
「懐中時計かい?」
「そう。懐中時計」
「なるほど。では私が探してこよう。そこで待っているといい」
観覧車くらい、簡単に登れる。私は勢いをつけて飛び上がり、鉄骨をよじ登った。そうしてひとつひとつのゴンドラを確認していく。なかなか見つからない。
そしててっぺんへたどりついたとき、ゴンドラの中に少年が示したのと同じ大きさの懐中時計を見つけた。
「あったぞ、少年!」
私は観覧車から飛び降り、少年のもとへ急いだ。
「これだろう?」
「うん!そう、これだよ!ありがとう、お兄さん!」
少年に手渡そうとすると、首を振られた。
「それ、お兄さんにあげる!」
「え?だがこれは君にとって大切なものなんじゃないのかい?」
「そうだよ。ぼくにとって大切だから、お兄さんにとっても大切なんだよ」
少年の言っている意味がよくわからなかった。自他境界が曖昧なのだろうか?
そう思っていると、少年のことがどこかで見たことがあるような気がしてきた。この背丈に、この髪に、この服……。
「子どもの頃の私……?」
つぶやくと、少年はくしゃっと笑った。
「たぶんそう!」
無邪気な笑顔に私も思わず頬を緩めた。
「そうか。ではこの懐中時計はもらっておくよ」
ポケットへ懐中時計をしまっているうちに、少年はいなくなっていた。