即興小説15分 20 古びた灯台 錆びた鍵 口がきけない船乗り
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海が荒れている。荒波によって小型の船はいともやたすくゆさぶられ、船の中に乗っていた僕は恐怖と寒さでぶるぶると震えていた。大雨、大風、それから雷。自然の脅威がいっぺんに襲って来ていた。雨によってしだいに船の中に水が溜まっていく。徐々にしずみかけていく船にもう死んでしまうのではないかと思った。
そうして一際大きな波に襲われ、僕の乗っていた船は転覆した……。
目覚めると、暖かなものに包まれていた。かすかに地面が揺れている。体を起こすと、そこは船の上だった。けれど僕が乗って来た船ではない。僕の船より少しばかり広くて、頑丈だった。
そのとき、腕に暖かな感触がした。
「うわあ!」
生き物のように動いた何かは、犬だった。へっへっへ、と舌を出しながら僕の周りを歩き、匂いを嗅ぎ回っている。
「僕はいったいどうしてこんな場所に……?」
犬の首輪には名前が書いてあった。ジョール。
「やあ。ジョール。ここがどこだか教えてくれるかな。もしかして海で溺れていた僕を誰かが拾ってくれたんだろうか?」
ジョールはついてこいとでもいうように背を向け、すたすたと歩き出した。
すると甲板の先端に人が座っていた。
「あの!」
声をかけると、その人物は振り向いた。もじゃもじゃの髭を生やしている。老人だ。
「きっと助けてくれたのですよね!ありがとうございます!」
老人は何も言わずにじっと僕を見つめていた。
「あー……えっと、実は僕、灯台守なんです!前任を勤めていた叔父の代わりに新しく担当することになって……でも灯台に辿り着く前に嵐に巻き込まれてしまったんです」
老人は相変わらず無言だった。おもむろに立ち上がり、パンをちぎって渡してくる。食べろということらしい。スープも渡されて、ありがたく食べた。一言もしゃべってくれないが、優しい人だ。
犬のジョールにもパンをちぎって食べさせている。
「あなたは漁師でしょうか?それともどこかへ向かっているのですか?」
僕が尋ねると、漁師は遠くを指さした。ぼんやりと島が見える。それから大きな建物も。
「もしかしてあれは、僕が向かおうとしていた灯台……?」
老人は黙って舵を切った。向かってくれているらしい。
そうして灯台にたどり着いた。僕は叔父からもらった鍵を使って、灯台へ入ろうとする。しかし鍵が錆びていてうまく鍵穴に入れない。
「困ったな……」
あたふたしていると老人が僕にどくようにジェスチャーをした。何をするのかと見ていると、勢いよく扉を蹴る。立て付けの悪い扉がバーンと音を立てて開いた。
中は少しほこりが溜まっていた掃除をする必要がありそうだ。戸棚には保存食がいくつか用意されている。
「そうだ!もしよかったら、昼食を食べて行きませんか?こうして島に訪れた人を癒すことも灯台守の仕事ですから!」
老人がうなずく。
初めての仕事だとどきどきしながら昼食を用意して食べてもらうと、老人の顔が少しだけ緩んだ。
「……うまい」
はじめて老人がしゃべったことに驚き、そして嬉しく思った。こうして僕の灯台守としての生活が始まった。