即興小説15分 29 地下鉄のホーム スマートグラス VR開発者
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近年、科学技術の発達は目覚ましい。かくいう私も、その爆発的な成長を牽引している第一人者だ。私は10年ほど前にVRゴーグルを開発し、そしてその技術を応用したスマートグラスを数年前に発表した。
高価ゆえに当初は限られた人しか手に入れられなかったスマートグラスだが、最近ではほとんどの人が所持している。ひとむかし前に流行ったスマートフォンの地位をあっというまにかっさらってしまった。
スマートグラスは、バーチャル空間で過ごすことができるすぐれものだ。従来のVRゴーグルを軽量化し、また新たな機能を追加して利便性を格段にアップさせている。そして最大の特徴は、現実をリアルタイムで反映させたバーチャル空間が実現したということだ。拡張現実とは異なり、いまここにある現実に要素を付け加えているのではない。まったく新しい、しかし現実とそっくりな世界なのだ。
だが、新たな流行は、新たな危機を生み出す。このスマートグラスによる事故が近年多発するようになったのだ。
開発者として、この事態には黙っていられない。今日私は、特に事故が多発しているという地下鉄のホームへとやってきた。なんでも、スマートグラスの着用によって遠近感をとらえられず、ホームへ転落してしまう人が大勢いるらしい。
しかし、私にはいくつかの疑問点があった。遠近感やバーチャル空間と現実の差に関しては、研究に研究を重ね、万全の状態で発売しているのだ。反射神経が必要なスポーツは別だが、日常生活を送る分にはまず問題は発生しない。
この地下鉄で何が起きているのか。駅の利用者に混じって、私はホームへと降り立った。
そして——気がついた。ホームの隅、何か黒い気をまとった存在がいる。髪の長い、女のような姿をしたものだ。私は知っている。これは人間ではない。
「おい」
声をかけた。それはこちらを見上げ、そして微笑んだ。
「ああ、気がつかれてしまった」
「玉藻前(たまものまえ)だな?」
玉藻前——日本三大悪妖怪の一つ。近づいた人間の命を奪う、恐ろしい妖怪。
私には妖怪が見える。だからこそ妖怪の存在を信じている。科学が発展したこの時代、しかし妖怪は存在する。
「玉藻前……それは我の先祖の名。我はその末裔」
「自らの手をくださず、地下鉄のホームで事故を起こし、間接的に命を奪っているのか。下劣な存在になったものだ」
「我と戦うか?お主では勝てぬぞ」
「……っ」
そうだ、知っている。私は妖怪には勝てない。ただ見えるだけ。悪さをしている姿を、ただ見ていることしかできない。その存在を訴えても誰も信じてくれない。
「ああ、いまは無理だ。戦えない。だがいつか……いつか、科学の技術で人間にも妖怪が見えるようにする。スマートゴーグルで、目に見えない現実を映し出す!」
「ふん……人間風情が」
そうしてふっとそれは姿を変える。白面、金毛の、九尾の狐。私は地下鉄の駅を走り去っていくその姿をただ眺めていた。