これまでの振り返り③
振り返り②では地方広告代理店に勤めるに至ったまでを振り返った。
今回はその広告代理店を辞めるまでを振り返る。
苦しい現実から逃げるようにして広告代理店に勤める事にしたが、当時の私の心境としては「地方ではあるがこれでやりたい事が出来る!」といったワクワク感と、「今日から働かなきゃいけないのか・・・」といったネガティブな感情の2つがあった。どちらかというと「ダルい」感情の方が強かったかもしれない。
そんなこんなで夢半分ダルさ半分で始まった広告代理店業務だったが、直ぐに「地方」と思っていた事との「ギャップ」を感じる事になった。
まず私の目標として設定されたのは紙媒体の受注だった。つまり新聞やフリーペーパーなどの広告という事だ。
“新聞って今更誰が見るんだ?というか新聞に広告とかあるの?”
そう思って新聞を見てみると確かに新聞の記事下に広告枠がある。
〇〇新聞という題字の下や横にも枠があったりする。しかもこれが結構高い。テレビ欄のページの広告枠なんてもっと高い。でもそもそもテレビ欄なんて地デジになってからテレビで番組表観れるから見ないだろとか思いながらも疑問は解決されないまま、渋々営業に出歩いていた。しかし、中々受注には繋がらない。先方からは「金額が、、、」と言われて断られたりしていたが、もっと決定的な理由があったと思う。それは、
“自分が売ろうとしているこの広告は良いものだ”
という絶対的な自信がなかったからだ。きっと広告を利用するお客様からしてみれば、営業マンの自信の無さを感じて「大した商品じゃないんだな。やらなくて良いや」と思ってしまったのだと思う。トレーナーをしていた時はパーソナル体験のお客様にクロージングでは自信を持って自社のサービスをオススメ出来ていたが、扱う商品が広告へ変わると全くオススメ出来なかった。つまりこの時から既に
“何かが違う”
と感じていたのだと思う。
それでも私は諦めずに取り組んでいたが、地方のこの業界やこの会社の色々な所が見えて、違和感を感じる様になった。それは、
“育成システムが無い(そもそも環境も整えようとしていない)”
“クライアントファーストではなく、ただ会社の利益の為だけに働いている”
“ここの人たちは何の為に働いているのだろう?”
などと言った点だ。
育成システムが無いのは取り敢えず自分が頑張れば良いだけなので良しとしよう。だた私以降でもし適応力の無い人材が入ってきたら、こんな昭和チックなスタイル続かないと思う。
しかし「クライアントの事を考えていない」事や、「スタッフの覇気の無さ」などはとても引っ掛かった。打ち合わせになれば先方の言いなりで、クリエイターには作業を丸投げで態度ばかりデカい。効果が無いような広告をゴリ押しで売りつける。そんな自社・自分の事ばかり考えていて、癒着関係でずっと歩んできたであろうこの会社と人に絶望し、長く居る場所では無いと思い、「東京への再チャレンジ」を決めた。
でもこの会社に入って悪い事ばかりではなかった。入ったお陰で自分にとってやりたい事の抽象度が少し鮮明になった。
今までやりたいと思っていた「サービスを広げる」という事において、広告というのはあくまで一つの手段であり、必ずしも取るべき選択ではないし、もっと他にやるべき事があるという事だ。現代ではSNSもあるし、YouTubeもある。お金を掛けずに自社のプロダクトを広げる方法は沢山あるのだから、この戦略展開をクライアントと一緒に考えて試行錯誤しながら目標に導きたいと思うようになった。また、マーケティングを主としている会社に入って様々なプロダクトに触れたいと思っていたけれど、今は何か一つの会社でも良いので何かのブランディングやマーケティングに携わりたいと思う様になった。つまり、
“マーケティング及びブランディングしたモノを通して、関わるプロダクトの価値を高め、より多くの人々に届けたい”
というような具合になった。
そこから私は求人サイトを見て、マーケティングとブランディングに絞り自分のビジョンと共感出来た企業に応募し続けた。だがまたしても敢えなく惨敗。今回は面接にすら辿り着かない企業も多く、私が就きたい職業には大方応募し終えた。なので私は、もう藁にも縋る想いで、H氏に助けを求めた。「手配する」と笑いながら返答をしてくれたが、どの様な企業が良いのか、何をする事が良いのか、一緒に考えてくれた。
その後、私は次が決まった訳ではないが年内に広告代理店を辞めて、2021年にはH氏が仕事を紹介してくれるだろうと安易に考えていたらコロナによる緊急事態宣言が発令された。もう簡単に東京に行く事は出来ない。私はH氏に相談したら、このようなアドバイスをもらった。
“こういうのはご縁あるもの。まずは自分に出来る事を粛々とやろう”
焦ってもしょうがないし、発令されたものはどうにもならない。だから自分に出来ることをとにかくやろう。そう思わせてくれるアドバイスだった。
なので私はまず簿記を取る為に勉強を始めた。以前H氏から予算の事などお金の事を教えてもらっていて全く分からなかったので、簿記を取ることを勧めてもらっていたので止まっていた勉強を再度始めた訳だ。
考えてみると何かの為に勉強をしたのは久々で、1日があっという間に流れていて楽しかった。少しづつでも何かが出来る様になっているのを実感出来て楽しく感じていたのだと思う。
簿記を勉強することで、BSやPLといった会社で使うお金の枠組みを学ぶ事が出来た。そして簿記を取ってH氏に報告すると、「もうちょっと待っててね」と言っていただいた。正直この言葉を貰うまで約1ヶ月間、本当に何かしてくれているのか不安だったし、これは結局自分で働く所見つけろって事なのかと色々深読みしたりしていた。
この言葉のお陰で私は再度安心して自分のやれる事を引き続き続けようと思えたのだ。
次回は此処から現在の自分の気持ちに至るまでを振り返りたいと思う。