読解力神話にサヨナラ
神話と聞くと何を思い浮かべるだろうか。
古事記と答える人もいればギリシャ神話を思い浮かべる人もいるだろう。
任天堂の大人気ゲームソフトのポケモンシリーズでは、北欧神話やイギリスの神話をモチーフにしているのもあるので、そうした経緯からそれらに興味を持つ人もいるだろう。
その国・地方独自の神話を学ぶことによって文化であったり価値観や歴史の起源など辿ることができるので、個人的には好きだ。
しかし神話という言葉にはもう一つの意味があるのをご存知だろうか。
デジタル大辞泉にはこう記載されている。
例えばスポーツ新聞の見出し「四番〇〇選手のホームランを打った試合は10連勝!不敗神話継続!」みたいなものが想像しやすいだろう。
どちらかというと、ジンクスやおまじない的なニュアンスが近いのかもしれない。
しかしそんなジンクスやおまじない的なニュアンスに近い意味の方の「神話」に新しいジャンルが加わろうとしている。
それが読解力だ。
そもそも読解力とは何か
辞書的な意味は下記の通りであろう。
よく「作者の気持ちを答えろ」的な国語の問題を解く力といった、一種のエスパー的な力を想像してしまう方もいるだろう。
しかし実際は異なり、書いてある文章を主観を除いてそのまま読み、その中で得られる情報のみを駆使して解釈したり、解答したりする力のことである。
つまり書いてあることを書いてある通りに解釈する力だ。
そして日常のコミュニケーションでは、事実関係や置かれている状況などを並べることによって「そのように推察できるであろう」を見つけて会話をしたりする力だ。
こうした読解力が衰えているのではないか、と警鐘を鳴らすような言説が散見される。学力テストの読解部門の正答率が悪いことに危機感を覚え、「子供の学力低下」であったり「最近の子供は教科書も読めない」や「AIに取って代わられる」みたいな煽りを聞いたことがあるはずだ。
確かに読解力の低下による弊害は様々なところで出てくるのは想像に難くないはずだ。
しかしこの書いてあることを書いてある通りに解釈する力≒読解力は現代においては非常に噛み合わせの悪い力なのだ。なぜなら、現在は超がつくほどのコミュ力社会であるからだ。
コミュ力社会の現在
書いてあることを書いてある通りに解釈・理解する力は「行」を読む力であるのに対して、私たちが今生きる超コミュ力社会では言葉のあやや裏のメッセージといった「行間」を読む力が重要になってきているのだ。
例えば、他意もなく書かれた文章であっても「それって〇〇のことを暗喩してますよね」だったり「それは間接的に揶揄してるのと同じだ!」などが挙げられる。
こうした状態が最近、散見されるようになった。その状況に対して「日本語が読めないのかwww」とネット民は馬鹿にするだろう。はたまた「お気持ちを表明」みたいなスラング的なもので処理する場合もあるだろう。
だが、書いてある通りに解釈・理解するスタイルはーこの超コミュ力社会においてはー「空気が読めない」であったり何処となく感じる「キモい」という感情を持たれてしまう。言葉を選ばずに言えば「アスペ読み」と揶揄されてしまうような状態だ。
一方で言葉の裏を読んだり、何気ない言葉でも「あいつが言ったから別のニュアンスがある!」みたいな共感や好悪感情とセットにすることができる方が、今ではスタンダードな方だ。
良いか悪いかは別として、多くの人がこの「行間」特化型にシフトしていっている。
今の世の中では「行」を読む力の読解力≒アスペ読みはできなくて当たり前だし、むしろコミュ力を駆使しようとした際には邪魔な足枷になりかねない。
なおかつ、本当の意味での読解を行うモードでとりかかろうとすると、とてもではないが脳のエネルギーが足りないし、集中力も持たない。やり終えたころには、神経疲労が限界を迎えてほかのことがなにもできなくなってしまう。私たち一般人は、脳のリソースを日がな一日座学に費やせるわけではない。それでもなんとか生活している。
「読解力が危ない」という煽り文句の割には、絶対ないといけないものというものでもなくなりつつあるのかもしれない。(そもそもこうした煽りの大半が超エリート校出身からの超大手企業のホワイトカラー職の人が叫んでたりする)
ただ、超コミュ力社会の「行間」読み特化型はアクセルしかなく、いかに速いスピードで駆け抜けるかということしかできない。流れの早いSNSでは当然なのかもしれない。
一方「行」を読む≒アスペ読みは集中力を要することから、一種のブレーキになるのだ。
十分すぎるのではないかと思うような利点を挙げてみたが、もう一度言おう。「読解力が危ない」という煽り文句の割には、絶対ないといけないものというものでもなくなりつつあるのかもしれない。むしろないのが当たり前なのかもしれない。
別にない人がいても不思議ではない。
むしろ読解力あると自認してる側による嘲笑が見るに堪えなくなってしまった。
私は疲れてしまったのかもしれない。
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