見出し画像

だらしな

だらしない人が好きな時期があって
それに憧れてただでさえマイペースな性格の自分をだらしなくした時間はすごく心地が良くて、あったかかった。
でもだらしないって、きちんとした日常の間にあるからこそ、心地がいいものであって日々をだらしなく過ごす事は、ただの毒なんだって、気がついた。

だらしない人が決して嫌いなわけじゃないんだ。
心の余裕がない時そういう人たちと一緒にいるとほっとする。むしろ良薬なんだよ。
でもね、それを誇らしげに正当化するように語ってるのを見ると所詮その程度の人間なんだなって感じちゃうんだよね、ちょっと前の僕はそうだった。腐りかけてたんだ。

だらしないってどういう事なのか自分なりに考えてみた。
それは、日常や現実から目を背けてるって事なんだよ。
常には向き合ってられない、心が病んじゃうからね、当然だよ人間なんだから。
頑張らなくていいんだよ、ってすごく救われる言葉だよね、でもそれに慣れちゃうとどうだろう。

もう頑張れなくなっちゃうんやないかなと思った。
多少のことやったら歯を食いしばって心すり減らしながらでも前に進まないといけない時があると思うのね。
そんな時に頑張れないとどう思うだろう。
自分と同じだと思ってた周りの人は、自分よりも上をいってると気がついた時どう思うだろう。

その時に気がつくんだろうな。
だらしないの一言で片付けられてた事、自分にとってあったかかったものがただのガラクタ同然に変わっちゃうんだよ。

その時の虚しさや、焦りを考えると言い方がきついかもしれないけど「しょーもない」こといつまでも言ってらんないよねって思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?