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コーンスープ

薄暗い和室に布団を敷き、背中を丸めて横になる。

和室の電気だけ昔から馴染みの、紐付きの電気である。

ぼんやり眺める。

そう。今日ぼんやり、夜の坂道を歩いていたら、思いっきり溝に転がってしまったのだ。

田舎はとても夜が暗くて、こんなにこの道暗かったけなぁ。なんて思っていたら、まさかの転倒。

一瞬何が起こったのか分からず、どちらが上なのか分からず、私は軽く混乱した。

混乱し痛さを感じて、その後無様な姿に恥ずかしさを感じた。

ほぼ横向きにすっぽり突っ込んでいる。

無様である。

見られたくない。

スッゴイ、人が溝に挟まってる姿。

見られたくない。

こんな暗さだと、妖怪かと思われるかもしれない。

それは悲しい。

そんなことを考え数秒。

夜空を見上げて、星を確認。

私は溝にまだハマっているが、

こちらが上だと分かりました。

よし。

頭は打ってない…と、足に力を入れ、起き上がり、痛みは電気信号だから…と自分に喝を入れヨタヨタと歩き出す。

そのまま家へ戻れば良いのに、なぜか謎の使命感に駆られスーパーへ行き、編み目で閉鎖された薬売り場を横目に、悲しく絆創膏を手にレジへと向かった。

夜のスーパーは良い。

とても明るい。

店内はこんなにも明るいのに、外は暗闇。

ここはとても落ち着く。

しかしこの時間、薬は売っていないのだ。

残念。

しおしおしと並んだレジの、担当の女性が私の血まみれの手を見て驚き、アルコールシートを2枚渡してくれた。

「ヒリヒリするかもやけど、拭いておき。」

優しい。

嬉しかったので、お客様の声で感謝の言葉を書いた。

そして帰宅。

絆創膏は既に家にあった。

でもまあいい。と、水で洗ってみたら傷はとても小さくなり、絆創膏は特大サイズだったので、なんだかとても大層な感じになった。

でもいい。

でもまあ。いいのだ。

そんな感じでぼんやり座っていたら、今度は急に腰が痛くなってきた。

ヤバい。これは。

ヤバい。

腰がなんかヤバい。

立ち上がる時に痛みを感じる。

これは…ヤバい。

慌てて湿布を探すが、サロンパスしかなかったのでそれを尾てい骨に張る。

安静にしようといそいそと不安定なステップで和室に布団を敷き、布団に入るが仰向けがキツイ。

『腰 強打 寝方』

携帯電話で調べてみると横向きに寝るのが良いと書いていたので、それを信じて冒頭の通り横向きに丸くなっているのだ。

ぼんやりと横を向いて、そしてたまに右から左へとゆっくり体勢を変える。

今度は顔だけ動かし、横目でぼんやりと電球の傘をみつめる。

ピンク色の昭和感溢れるお花の傘である。

子どもの頃から馴染みの電球。

観察してみる。

傘の中には二重の輪っかと豆球がある。

一回消すと二個、二回で一個、三回でオレンジ、四回目で暗闇になる。

電気をつけるとジーッと音がする。

豆球や暗闇の時は無音。

中央部分が顔みたいで、だらりと紐を吐いている。

子どもの頃、あの顔が怖くて紐を引っ張り電気を消したらすぐに布団へ潜り込んだ。

見たらダメ。見たらダメ。

そう思いながら、ガチャガチャガチャッと勢いよく引っ張ったので、よく母に、静かに消しなさい。と怒られた。

癖は直らなかった。

だからある時から、あの紐には延長コードの紐が括り付けられた。

寝ながら消せるやつ。

と言いながら、布団の中から結構手を伸ばして消すやつ。

便利かは分からないが、布団に潜り込む時間は短縮された。

けれど、あんまり強く引っ張ると切れるので慎重に。

しかし、それを一緒に暮らしていた猫は、毎日のストレッチ代わりに、或いは彼の新記録挑戦の為に、切る事に決めたらしい。

紐はドンドンドンドン短かくなっていった。

新しく付け替えても、今度は紐の先のぼんやりと光っているかいないかわからないぐらいのキティちゃんを猫がその名の通りにシバクので、それはいつも螺旋を描いて、傘の上へと飛ばされ、私たちはまた暗闇の中でオタオタするしかなかった。

子どもの頃私は死ぬ程怖がりで、何度も猫に「やめて。」と、お願いしたが、猫は「何が怖いねん。あんなもん。慣れや。慣れ。」と私に返した。

彼は強いのだ。

彼は色々と私に教えてくれた。


今はお骨になって静かに眠っている。


一旦眠気の波が訪れたのに、また凪になった。

今度は冷蔵庫のコーンスープが気になる。

パウチのコーンスープ。

私はあまりコーンスープを飲まないが、確か妹がパン屋のおまけで貰ってきたやつだ。

妹は結婚して家を出たので、あれは私が飲まなくてはならない。

また謎の使命感に駆られ、冷蔵庫へ向かった。

腰は体勢が良かったから、先程の様な痛みはなかった。

コーンスープは賞味期限が切れていた。

しかし誤差だ。

そう思い、温める。

結構量が多いので、温めたものをお皿に移す。

スプーンを出して席に着く。

その時、座布団を重ねて、直に硬い床に当たらない様に集中する。

私が昔住んでいたのは団地で、あの頃子どもが多かった。

隣の棟にはAちゃんという子が住んでいて、Aちゃんはムードメーカーで、少し不良だった。

私は昔から地味だった。

どちらも同じ学童に通っていて、母子家庭。だけど一番の仲良しの子は違ったから、学童でもあんまり一緒にはいなかった。

大勢ではゴム飛びなんかして遊んだけど、普段はキャラも違うし、Aちゃんはよく笑い、皆を笑わせ、大きな声でお笑い芸人のモノマネをしたり、外で遊ぶ事が大好きだった。そして、親のタバコを盗んで吸っていた。

私は部屋の隅の方で、絵を描いたり本を読むことが好きだった。ひたすら地味だった。

しかし、Aちゃんはたまに一緒に帰ろうと言ってきたり、貸したいものがあると電話をかけてきた。

貸したいものは大体漫画で、ママに買って貰ってん。と言って貸してくれる。

漫画、好きやろ。って言いながら。

日の当たる駐車場の縁石で漫画を開き、私が読む。

その様子をAちゃんは私の隣に座ってじっと見てた。

少し緊張した。

優しい、内緒でお気に入りを見せてくれる様な感じだったので、ちゃんと読まなくてはと思った。

縁石はズレて二人で座った。

ズレると二人で座れるから。

その時のAちゃんはあんまり喋らず、私も喋らなかったけど、全然嫌な感じじゃなかった。

声もゆっくり小さな声。

私が本を読むのを中断する時は「邪魔してごめんな」といつも言ってくれた。

だから私はAちゃんが好きだった。

そんなAちゃんと、ある時私の家でコーンスープを飲もうと言う話になった。

その日は確か母が帰ってくるのが遅かったから、多分ギリギリまで遊んでいたんだと思う。

夜だった。

私は粉末のコーンスープをいつものカップに入れ、お湯を注ごうとすると、Aちゃんが小さな声で言った。

「‥お皿にいれへんの?」

驚きが含まれていた。

「え?いつもAちゃんどうしてんの?」

私も驚いた。

「うちはお皿に入れるけどなぁ‥」

私は大層びっくりした。

そうなんだ。そうなんだ。それやってみたいな。

新鮮な喜びで私は大きく声を弾ませた。

Aちゃんは少し恥ずかしそうだったが、少し嬉しそうだった。

そんな訳で、Aちゃんがいつも使ってそうなお皿を食器棚から見繕ってくれて、いそいそと机にセッティングし、お皿に入れてスプーンで飲んだ。

Aちゃんはとても優雅にスープを飲んだ。

本当に綺麗だった。

スプーンに必要な分のスープを掬い、綺麗に真っ直ぐ喉に落とす。

綺麗だった。

私はというと、掬いすぎたスープをすぐにお皿の中に溢していた。

二人で笑った。

その後、静かに二人で、楽しいね。って言いながら飲んだ。

今度はマグカップで飲んでみよう。って約束した。

小さな二人で、親にバレない様、夜を楽しんだ。

ギリギリまで粘って、Aちゃんは帰って行った。私たちは小学生だったから。

そしてどうなったかと言うと、私たちは中学生になり、思春期、反抗期、まあなんでもいい、その時期がやってきて、自分や自分の周りを手探りで守り、戦い、向き合っているうちに、道はどんどん離れて、それ以降、今はどうしてるのか分からない。

でも優しい子だったから、幸せに暮らしていると良いな。

なんて温かい飲み物をゆっくり身体にいれる。

あの頃の様に身体は軽くなく、溝にハマりボロボロだが。

私はあの時と同じ様に夜にいる。

一人で少しずつ、ゆっくり喉を通って胃の中へ。

ゆっくり夜を飲み込んでいる。


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