7人の可愛そうな大人たちについて〜「性について」に寄せて〜
「散々焦らして、ごめんな。」
彼は1時間半のドライブを終えて、言った。
「疲れた?」
「ううん。全然。」
彼はドライブの間、ずっと関西人特有の軽いトーンで話し、わたしを楽しませてくれていた。
疲れを感じる暇などなかった。
「ずっと、楽しかったよ。」
「そっか。良かった。」
彼はそう言うと、わたしに覆い被さった。
わたしは、抱かれながら、彼が車の中でずっとしゃべり続けた理由について、考えていた。
「あ、そのバッグ。」
彼は、煙草を吸いながら言った。
「あんま見ないやつですね。」
「わかる?ゴヤールの限定カラー。」
「ええ。そういうのの買い付けの仕事してるんで。」
「そうなんだ。」
彼は眉をひそめながら、ぽそぽそとしゃべった。
あまりひとと話すのが得意ではなさそうだった。
「ねえ。」
「ん?」
「しゃぶって。」
彼はまたぽそり、と言った。
わたしは、しゃぶりながら、彼が始終眉をひそめている由縁について、考えていた。
「整形したいんだよね。」
彼は、電気を消して、言った。
「どうして?」
「なんでっておれ、ブスだから。」
「そう?かっこいいよ?」
お世辞ではなかった。
「自分の顔、嫌いでさ。」
「そっか。」
わたしは、暗闇の向こうの彼の顔を見ながら、あまり覚えていなけど、彼の涼しい目や、最中ずっと手を繋いでくれていたことなどを思い出していた。
『恥ずかしいお願いをしてもいいですか?』
彼はLINEで訊いてきた。
『どうぞ。』
『いじめてほしい。』
わたしは思わず、あはは、と声を出して笑った。
恥ずかしそうな絵文字がついてくる。
『お願いします。』
『わかりました。』
わたしは、彼を指先で虐めながら、そのLINEを送る時の彼の顔を想像していた。
「あ、やだ。」
わたしが彼の上に跨って腰を振ると、彼は上擦った声で言った。
わたしは腰の動きを止める。
「ん?いや?」
「ううん。違う。やめないで。」
「わかった。」
わたしはまた、動く。
彼は、あっという間に果ててしまった。
わたしは、果てる彼の横顔を見下ろしながら、かわいいなあ、とただ思った。
「へえ、写真ねえ。」
彼は、わたしがカメラを出すと、興味深そうに寝返りを打った。
背中には、立派な不動明王が描かれている。
「ん。かっこよく撮れたよ。」
「そうかあ。」
彼はわたしの手を握ってくれる。
「なあ、これ撮ったらいいんと違うか?」
「うん。撮る撮る。」
「どう?」
「うーんうまく撮れないや。」
「撮るんやったら納得いくまで撮れや。」
「えー。」
彼は何度もカメラの液晶を確認した。
「あはは。ええの撮れとる。」
わたしは、画面に映った彼の左手の薬指の指輪を見ながら、手の中のその冷たい感覚を味わっていた。
「このひと、人間みがあんまないね。」
彼の写真を見ると、彼女は言った。
「あんまり人間臭さがないというか。マシーンみたい。」
わたしは、彼が眠りに落ちる時の、わたしをぐっと引き寄せる腕の強さを思った。
抱き合う時、ひとは孤独だと、わたしは思う。
こんなにも寂しくひとを抱くのなら、出会わなければ良かったのではないか、と思うほどに。
抱き合う時の体温は、さみしい。
それでも体温を求めるのは、生殖活動とは違う、より深いさがなのではないだろうか。
わたしは、考える。
今日も隣に知らない誰かの体温を抱きながら、やっと眠りに落ちることができる体で。
明日には顔も忘れる誰かを抱きながら。
人間の性について、考える。