きみ、アルバイトをする暇があるなら……5
東京物語〜中野ブロードウェイより愛を込めて
僕は元東京都民である。『元』というのは、つまり現在は広島県民なのである。
……なにか?
在京時はパソコンショップで店長を拝命していた。
時代はNECが『ガラパゴスPC』王者のPC−9801シリーズを筆頭に業界を牽引していた。その牙城に果敢に挑むのはシャープのX68000や富士通のFM−TOWNSだった。圧倒的タウンズ・ラブな僕とぺけろく絶対主義者の仕入れ担当シバくんはよく口論になっていた。
(ふたりとも愛機とは別に98は保有していた。仕事で必要だということもあったが、これは、アレよ。千葉県民と埼玉県民がどちらも自分たちの方が都会だと主張しながらも神奈川県だけは別格に見ているようなもの……いや、何でもない)
僕の任されたお店は中野駅近くのヲタクビル『中野ブロードウェイ』内にあった。だからお昼もビル内の飲食店で食べていた。
お気に入りの喫茶店もあった。
その店のマスターはいつもプレスの効いた燕尾服に蝶ネクタイをしている紳士だった。オールバックに口髭という、ラノベやマンガから飛び出してきたような執事だった。
僕が店に入ると、彼はサッと軽い身のこなしで現れる。
「あらぁ、いらっしゃい。待ってたわ」
念の為に言っておくが男性である……たぶん。パンツを脱がせて確認したわけではないが。
口髭に加えて広い肩幅。そのガッチリした体躯で、有名声優の杉田智和さんみたく語りかけてくる。
「昨日はどうしたの。待ってたのに」
「ドライカレーとアイスコーヒー」
僕は愛想笑いであしらいながら手短に注文だけ済ますとテーブル席へ腰掛けた。
カウンターにはいつも「ちょい太めな」セレブっぽいおばさんがマルチーズを抱えて座っていた。飲食店に犬を連れ込むのはどうかと思うが、マスターと親しげに会話しているので(これも女子トークというのだろうか)外野がとやかく言うのは控えていた。
店長はアレでも、ここのドライカレーとアイスコーヒーは美味しかったなあ。
もしも、まだ営業を続けているのならもう一度行きたいお店である。