私のガーデン、私の心の中にある大切なもの

 “ガーデン”——その曲を藤井 風がピアノの弾き語りで歌うのを聴いた時、私は涙が止まらなくなった。

 この”ガーデン”という曲は、藤井 風の2nd album “LOVE ALL SERVE ALL”に収録されている。愛と切なさと優しさ、温もりを感じさせる楽曲だ。この曲は、非常に個人的な意味で、今の私の心境にとてもフィットする。何かを手放さなければならなくなった私の心に、とても響いて、不思議なくらい、まるで私のことを歌っているような気がするのだ。

 私がその曲を初めてライヴで聴いたのは、2023年1月14日(土)に開催された、藤井 風”LOVE ALL ARENA TOUR”の埼玉スーパーアリーナ公演。そして2回目は、2023年2月15日(水)に開催された横浜アリーナでのファイナル公演。2回とも、私は胸がいっぱいになって涙が溢れてきた。でも、同じ曲なのに、埼玉と横浜で聴こえ方が違ったのだった。

 その理由の一つは、アレンジや歌い方の違いだと思う。藤井 風の歌声とピアノの音色、それだけでシンプルに紡がれる”ガーデン”。それは、歌そのもの、楽曲そのものの美しさとパワー、メッセージをダイレクトにオーディエンスへ届けてくれる。さいたまスーパーアリーナで初めて聴いた時は、静けさの中に響き渡る藤井 風の歌声とピアノの音色に圧倒され、心を揺さぶられた。何て美しい曲なんだろう、と。そして、横浜アリーナでは、より軽やかで、リラックスした、笑みが浮かぶような”ガーデン”に聴こえた。悲しみや痛みからそっと解放されていくような、そんな”ガーデン”だと感じた。ライヴ・パフォーマンスとは一期一会で、その時、その瞬間にしか聴けない音楽がある。それを強く感じるパフォーマンスだった。

《花は咲いては枯れ
あなたに心奪われ
それでも守り続けたくて
私のガーデン果てるまで
人は出会い別れ
失くしてはまた手に入れ
それでも守り続けたくて
私のガーデン果てるまで》

私は”ガーデン”の歌詞が大好きだ。”ガーデン”の中に出てくる言葉に、今この瞬間も、とても救われている。きっと、この曲が歌っていることは人生そのものだ。生きていたら誰しもが経験すること。でも、生きているからこそ、失って得られるものがある。失うことや別れには痛みや悲しみが伴うけれど、だからこそ見つかる新しい出会いがある。そのかけがえのなさに気づかせてくれ、前を向かせてくれる。そして、誰にも奪うことのできない、私のガーデン、それはきっと、自分の心の中にある大切なもの、そのことに気づかせてくれる。

《季節に身を置いて
流れに身を任せ
なるようになるだけ
受け入れて そのままで
流した涙だけ
ふりまいた愛だけ
豊かになる庭で
掴んだ手 解き放て 空の果て》

“ガーデン”では、春夏秋冬、それぞれの季節が歌われている。それはまるで人生のようで、とても愛おしく、温かく、切なさと優しさを帯びている。自分にとっての庭とは何だろう……その答えは、きっと、1人1人の心の中にある。藤井 風のアルバム”LOVE ALL SERVE ALL”のアートワークも、自分自身の中にある庭、”ガーデン”を表しているのではないか、と私は思う。

 藤井 風の歌声、ピアノ演奏、ダンス、存在、すべてが素晴らしくて、綺麗で美しくて可愛かった。勿論かっこいいんだけれど、かっこいいよりも、綺麗で、美しくて、可愛い、と私は思った。バンドメンバーズも、若い世代の才能に溢れたミュージシャンたちで、各人がめちゃくちゃかっこよくて、独創性と即興性、技術性のある演奏が最高だった。ダンサーズも、1人1人がとても個性的で際立っていて、輝いていて、愛と感謝の気持ちに溢れているのが、素晴らしいパフォーマンスからひしひしと伝わってきた。ひとつひとつの瞬間が炎のスパークのようであり、キラキラと輝く光の粒子のようでもあり、どの瞬間も目が離せなかった。「絶対映像化してください、絶対買います、頼みます、お願いします!!!」と手を合わせたくなるくらい、本当に素晴らしいライヴだった。きっと、もしライヴ・レポートを書くとしたら、とっても書き甲斐のあるライヴだったと思う。でも私は、今は、どうしても、個人的で内的なことを書きたい気持ちだったのだ。

 音楽はとても普遍的であると同時に、とても個人的で、とても自由だ。自分がその音楽を受け取ってどう感じたのか。自分が心のままに感じること、自分の心の中にあるものこそが、1番大切なのだ。だから、まわりが何を言おうが、雑音に惑わされる必要はない。自分の心に素直になること、自分自身を愛すること、人生を愛すること。それこそが、藤井 風の音楽から私が受け取ったことなのだ。

※《》内の歌詞は、すべて藤井 風“ガーデン”より引用。

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