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ひな人形を捨てようとした話

数年前まで実家暮らしをしていた大熊猫です。


26歳で結婚を機に実家を出たものの、地元が好き過ぎるあまり実家がある駅の隣の駅の町(徒歩圏内・いわゆる地元の端)に引越しをした。

私の実家はどちらかというと貧しい家庭だったのだが、大家さんのご厚意で格安で家を借りており、そこは大変に立地が良く、いわゆる高級住宅地のど真ん中だった。

実家と同じ最寄り駅の物件は家賃の相場が高いため、仕方がなく隣の駅にしたのである。
ただ、駅と駅の間隔が約1キロしかないため徒歩圏内なのだ。

それから約10年後、離婚した私は実家へと華麗に舞い戻った。

直後にうつになったため、一人暮らしを選択しなくて本当に良かった。
数年は老いた両親と姉のスネをかじりにかじった。

そんな中、2019年に父が亡くなった。

私の家族は全員が極端に片付け下手だ。
そして嫌いだ。
整理整頓ができない。
そんなだから、父の遺品整理は遅々として進まなかった。
あ、図らずも韻を踏んでしまったが、故意ではない。

膨大な遺品を、ほんとうに一つも片付けていないまま迎えた2022年。
我が家に大激震が走った。

大家さんの都合で、約40年お世話になった家を出なければならなくなったのだ。
女3人+ワンコ、全員そろって移れる物件は見つからなかった。
そこで、私とワンコ・母と姉の2チームに分かれて暮らすこととなったわけだ。

そして運よく近場の物件が見つかったのだが、如何せんスペースが狭い。
父の遺品は全て処分し、かつ、必要最低限の荷物に絞らなければならなかった。

地獄はここから始まった。

だって、家の中にある物たちの9割がゴミだったのである。

膨大な粗大ごみと一般ごみの前で姉と私は立ちすくんだ。
高齢の母はあてにならないし、業者に頼むのは難しい。
ただでさえ引越しでお金がかかる。これ以上の出費はできなかったからだ。

姉と私の2馬力で物の選別と廃棄作業が始まった。
とはいえ、二人とも働きながらの作業である。休みの日は全てゴミ処理に充てた。

洋裁が得意だった父の部屋は、大量の生地、生地、生地の山だった。
そして、役者をしていた父の遺品のほとんどは過去に出演した作品の台本だった。

生地は板のようなものに巻き付けられており、このまま出すと粗大ごみになってしまう。
出費を抑えるべく、すべてクルクルと引っぺがしてゴミ袋に入れた。

そして台本群。
台本というのは、表紙に父の芸名が書いた状態で渡される。
それを束ねて古紙として表に出すのは憚られた。
父は有名人ではなかったが、出ていたドラマは有名だ。
台本が捨てられているなど珍しい、と誰かに持っていかれて悪用されるのは困る。しかも父の名前入りのものを。

というわけで、姉と二人表紙をすべて破り取り、目立たないようにゴミ袋に入れ、表紙を剥かれた台本たちを束にしていった。

ああ。思い出すだけで地獄の日々だった。
三途の川で石積みをするのはこんな気分かも知れないな。と無駄なことを考えたものだった。

そんな苦行を行いながら、粗大ごみに出したくてもどうしても運べないような大きなものだけ業者に頼んで引き取ってもらうことにした。
そのなかには、七段飾りの雛人形がある。

しかし、ここにあるだろうと当たりをつけた場所には無い。
最後に残った庭の物置にあるのだろう。

その時期、会社に行けば、いかに引越し準備が大変かを周りに愚痴っていた私なのだが、その日も「七段飾りの雛人形があるんですよ…」とげんなりしながら愚痴ったものだった。

すると、向かいのMさんが「素敵じゃなーい!最後に飾ってひな祭りをしたらいいじゃなぁい」などとはしゃぎだす。
いやいや、家にはバツイチと行き遅れと未亡人しかいないから!

そして、隣のSさんは「寺山修司の映画みたいに組み立てて川に流せばいいですよ!」と大興奮しだす。
私を含め、周りは全員、ポカーンである。誰も知らない映画の話されても困るのである。

唐突に同僚たちの期待と好奇の目にさらされることとなった我が家の雛人形。
人形を捨てるのは忍びない。しかし、どこかで供養してもらおうなんて心の余裕は1ミリも残っていない。

七段飾りの台は粗大ごみだろう。
あとは人形たちを躊躇なくゴミ袋に突っ込もう!と覚悟を決めて物置を開けた。

最初に出てきたのは牛車だの、ひし餅だの、それを乗せる器だのといった、小物たち。
これを箱から出してゴミ袋に投げ込み箱をつぶしていく。
その後ろに人形が入った箱がある。

はずだった。

物置が空になっても人形が出てくることは無かった。

そしてその後、全ての部屋の押し入れや天袋まで空にしても、お雛様のお顔を拝むことは叶わなかった。

オチなんてない。ただただ、七段の雛飾りの、雛人形だけがなかったのだ。

どういう状況?である。

マジレスするならば、娘二人も大人になったし、雛人形は場所をとるしで、もういいか。と両親が考え捨てたのだろう。
それは良い。

だったら!全部!捨てとけや!

ただでさえ殺気立った地獄の片付け作業中だ。
ちょっとくらいお口が悪くなっても許してもらいたい。

因みに、会社でそのことを報告すると、Mさんはいたく残念そうに「それじゃあ、ひな祭りができなじゃない」と嘆き、Sさんは「人形がなくちゃ、川に流せないじゃないですか」と憤っていた。
いやいや、どっちもやる予定なかったですから。

あれ以来、私と姉は「整理整頓」「要らないものはすぐ捨てる」を合言葉に苦手な片付けを頑張っている。


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大熊猫
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