大型連休と腰痛と私
明けましておめでとうございます。
ノートPCはDELL派の大熊猫です。
9連休となったこの年末年始。
休み前は当然「有意義に過ごすゾ」などと意気込んでいたわけだが、怠惰な性格の私が計画通りに過ごせるわけもなく。
気づけば連休も折り返し、年末のギックリ腰も相まってだらだらと寝たきり生活を送っている。
数日後には社会復帰しなければならないわけだが、順応できるのか不安は募るばかりである。
朝、起きられるのか。これが大問題だ。
だから大型連休はダメなのだ。
私みたいな自立心の弱い怠惰で欲望に忠実な人間にとって大型連休は猛毒なのである。
適度に3連休を与えながら毎週働かせておいた方が良いパフォーマンスを発揮できるのだ。
スキルもないくせにパフォーマンスなどと大きな口を叩いてみたわけだが思い返せば小学生の夏休みから、私という人間はこうだった。
宿題は当然、8/31にできる分だけやる。
そう、元来中途半端な人間なのである。
やらないならば、すべてやらない方がよほど潔いのに、変なところで小心者だったのだ。
だから、読書感想文くらいはやるのである。
大人にとっては奇跡のような40連休のほぼ全ては寝て過ごす。
遊びに行くわけでもなく、当然勉強するでもなく
ただただ音楽を聴いては寝るを繰り返す日々。
大人になってからも変わることはなく、盆暮れGWなど大型連休を有意義に過ごしたことなど一度としてない。
離婚した元夫との新婚旅行でさえ、5泊したホテルから一歩も出ることなく、エステと部屋とプールを行き来しただひたすら寝て過ごしていたくらいである。
象に乗れるというアクティビティも用意されていたが、日焼けしたくない。動きたくない。象が可哀そうだ。
などと屁理屈やら文句やらを並べたてて拒否していた。
そもそも日焼けしたくないならタイのリゾート地になど行くな。
というか、動きたくないなら旅行自体行かなければよいのだ。
それでもだ。
今年の年末は大掃除をしようと決めていたのだ。
だが、12/29のギックリ腰でこれも儚い夢と消えた。
という、良い言い訳ができた。
腰に激痛が走った瞬間、実はホッとしたのは言うまでもない。
誰と約束したわけでもないのにおかしな話だ。
とはいえ、腰は本当に痛いのだ。
痛くて何もできないでいるとやりたくなるのは何故だろう。
今、家の掃除がしたくてたまらない。
絶対にできない=やらなくて良い
だから安心して「やりたい」などと思えるのだ。
身体ができる状況だと「ならやれよ」と突っ込まれるので(誰に?)、恐ろしくて「やりたい」などとは思わないだろう。
これほどまでに自分に都合よく生きられて、ある意味幸せですらある。
連休も残すところあと3日。
この腰は治るのか?
掃除はできるのか?
社会復帰初日、遅刻せず出社できるのか?
大人としての私が試されるまであと3日。