見出し画像

こごえる、こらえる、こえる

先刻つけたガス由来の火は一瞬の現象であったが、可燃の刻(きざみ)が己を燃やし尽くしてフィルターに達するか、酸素を失うかするまで消えることなく煙は立ち上るだろう。ほぼ同時に入れた紅茶が、唇を火傷させない程度まで熱を奪われるまでの口寂しさを埋めるには十分だった。

身体が温まったら、換気扇を消して外に出る。まず気温の上昇を告げたのは聴覚だった。普段は意識して目に留めることのない側溝から、冬の残滓を排出するためのじゃばじゃばという響きが聞こえてきた。雪はその全てがいつの間にか蒸発して消えるというわけではない。液体になってどこかの川へ注ぎ込むのだ。

自転車は僕を避け、僕は自転車を避ける。子どもが滑り台の上でくすくすと笑っている。思い切り空気を吸い込んだときの、体温との差異による痛みがまるでない。スーパーでは鍋の素の領分が半分くらいになっている。コンビニでは小さな冷やし中華が売っている。鞄に折りたたみ傘を潜ませておかねばならないという小さな面倒を思い出す。
雪国に、紛う方なき春が来ていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?