web3の到来と社会の変革
国際社会経済研究所(IISE)は2月開催の「IISEフォーラム2024~知の共創で拓く、サステナブルな未来へ~」で、web3で実現する持続可能なデジタル社会の未来について討議しました。このnoteでは登壇者のIISE特別研究主幹の池野 昌宏が、フォーラムで示した“web3”の世界観とその課題について説明します。池野はNECアメリカ社長を含めて米国駐在が累計15年と長く、米政府や民間企業、NGOに対してデジタルID事業を推進してきました。米国で進む社会の分断や米IT企業による情報寡占等の現代社会が抱える問題への解決に、web3が大きな役割を果たすと言います。
IISEのweb3ソートリーダーシップ活動では、人間社会の歴史や現状を俯瞰し、その進歩の過程における現在の位置付けと今後の社会のあるべき姿についての世界観をまず描き、その中で技術がどういう役にたてるのかという検討アプローチを取っていく。「人間社会がどう発展してきて、今後どういう方向に向かうのか?」ということと、「技術の進歩で何が可能になってきたか?」を両睨みして考えている。まだまだ試行錯誤の段階であり、本文章に対する皆様のご意見をお聞かせ頂き、できれば議論もさせて頂き、一緒に考えていければありがたい。
1.web3の定義とweb3がもたらす効能
そもそもweb3とは何であろうか? よくWeb1.0→Web2.0→web3へのシステムアーキテクチャの変遷が語られるが、web3はブロックチェーン技術を基盤にした分散処理型webアーキテクチャで、価値の共創・保有・交換の新たな形態を可能とした。サイバー空間でできることの量と質が飛躍的に拡大したことがポイントだ。
web3技術が提供する主たる効能としては次が挙げられる。
これをもう少し生活者視点でかみ砕いて言うと、
といった効果が提供される。
2.顕在化する現代社会の根本的課題と、web3実装社会で実現したいこと
人間社会を俯瞰してみた場合、現代社会で顕在化している問題は何なのか、特に諸問題の根っこのイシューは何なのかを考えてみた。
「今の社会には色々な問題があって、社会は変わらないといけない」と皆が思い、そう言うけれど、「結局は変わらない、変われない」ということの連続だ。社会構造が硬直化していることが根本にあり、これが続くことによって、持てる者と持たざる者、優遇される階層とそうでない階層への二極化・分断がどんどん進む社会になっている。現在、民主主義や資本主義の先端を走る米国でも、分断と二極化が加速し、持てるものはどんどん裕福になり、貧困層は貧しさから抜けられずに、ホームレスが急増し大幅な治安悪化を招いている。過去の歴史を見ても、分断が続き不満が閾値を超えると、フランス革命やアラブの春のように抑圧された生活者の不満が爆発し、革命や暴動が起こり血が流れる。人間はいつまで同じ愚行を繰り返すのか?。私たちは、テクノロジでもって取り残され感や抑圧感を感じる人が減り、多くの人が自己実現し、生き生きと過ごせる、しなやかな社会へと変えていきたい。
私たち個々人が、大手ITプラットフォーマ―等の誰か他の人に、情報操作されたりその結果コントロールされたりするのではなく、また今の悪い境遇や貧しさに負けて、長いものに巻かれるしかないと諦めたりするのでなく、主体的に自分の価値観を表現し体現していける社会であるべきだろう。そのことによりダイナミックな社会流動性が生じ、個々人の機会が拡大し、より多くの生活者が幸せになれる社会へと変わることができる。情報の管理と活用が大切で、他者に管理されるのではなく、自分自身の情報を自分で管理し、どのように活用していくか自分で決められることが重要になってきている。このように情報を自身に取り戻す“主権在民型社会”をweb3で創っていくべきであろう。
3.社会で起こりつつある変化と来るべき社会のイメージ
まず人間社会の大きな流れを長期的・俯瞰的にみると、以下の3つのシフトが、今まさに起こりつつあると言える。
人間の歴史や行動を見るに、古来より今までは、「食うに困る」を失くすこと、物的充足を満たすことが人間社会の最重要課題であった。この課題を解決するために、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の「サピエンス全史」等にも述べられているように、人間は集団になって、力をある1つのベクトル方向に合わせて行動することにより大きな力を出してきた。そのために、誰かがリーダーとなって中央集権的に集団の方向を決め、最大公約数的な量的充足を満たし社会は発展してきた。合議制で物事を決めるにせよ、権力や力による強制であるにせよ、はたまた信仰の力・権威を使うにせよ、強いリーダーが決断し方向を決め、皆が団結してその方向に動く方が、絶対的に効率は良い。また、物(Content)をあまねく広く皆に行きわたらせることが重要で、物にまつわる生活者個々人の意見やコンテキストが抜け落ち、置き去りにされてきたことが多い。「米」は空腹を満たす食糧であって、誰がそれを作ろうが、どういう思いでそれを与えられようが、生命維持に必要なカロリーを提供する「物」ということが最重要であった
一方で、今後の社会、特に先進国においては、物質的充足がある程度満たされるために、精神的充足への欲求がもっと高まるだろう(開発途上国や貧困層ではまだまだ「食うに困る」の状態は存在し社会の最重要課題である)。「食うに困る」が無くなった以上、世論調査が心の豊かさにフォーカスを置き、山口周氏が「高原社会」と表現するように、量的拡充から質的充足へと欲求のフォーカスは移行する。Z世代の若者の意識が、時代の変化を反映し、物欲の無さ、つながりの重視、お金への拘りの低下、社会貢献の尊重などに向けられていることに表れている。
また、物の量的充足が満たされると、多くのものがコモディティ化し、物そのものの相対的価値は下がる。生命維持に必要なカロリーを提供する物である「米」はどこにでもあり、有難さは低くなるが、顔の見える生産者が想いを込めて育てた米や、美味しいお米を食べさせてあげたいと願って親が送ってくれた米には、生産者の想いや親の愛情といった文脈(Context)が伴い、その文脈故に有難さが増大し、つまりは価値が増大し、それが単なる物(Content)としての「米」そのものよりも大切になる。
この観点で、現代社会と来たるべき社会のイメージについて、それぞれにおける情報システムのアーキテクチャとその性格、そして今後求められる情報の管理を整理してみた。これまで物的充足の効率化重視とそのための中央集権的な社会構造を背景に、Web2.0のシステムアーキテクチャも、中央集権的かつ構造的なアプローチが取られ発達してきた。
この構造の中では、一旦構築された階層を超えて自己実現していく、社会を変えていくというのが非常に困難になっている。システムやITについても、Web2.0においては米大手プラットフォーマの寡占が起こり、彼らの利益最大化が図られる。個人の情報も彼らにとって有用な情報に焦点を充て収集され分析・加工される。顔の無い自己表現の無いデータの固まりとなる。個人のプロファイルも自分の知らないところで生成され管理される懸念もある。
今後の求めるべき社会としては、図の右側のように、生活者視点での情報処理や活用に重きを置いた分散型アプローチで、関係のフラット化や柔軟化を進めると、個人の意見や文脈を表現・反映し自己実現できることが、よりやり易くなってくる。加えてweb3では、トークナイゼーションによって、不動産やコモディティ等の物理的な物や資産がトークン化されると(RWA:Real World Assetのトークン化)、仲介者不要の取引や、より透明性の高い取引が可能となり、物の共有や取り扱いがしやすくなることによって、物の流動化が加速し、硬直化回避に貢献していく。またこれは、限られた資源の有効活用の点で大きな意味を持つ。物を所有するという稼働率や流動性が悪い資源活用形態を、物をシェアするという、より稼働率や流動性の良い資源活用形態に変えていくために、トークナイゼーションは非常に重要である。
今後、デジタルID、デジタルウォレット、分散型組織DAO、分散型金融DeFiやクリプトエコノミー等の要素が現在のシステムに浸透・拡大していくことにより、web3の効能が発揮され、生活者に具体的メリットをもたらす可能性があるだろう。生活者が自分に合った諸機能を使い、そのメリット・効能を実感することで、更に使用が増えて、分散処理型web3システムの採用・使用が加速していき、メインストリームへと切り替わっていく。実システム運用に支えられたインフラが整うことに伴い、生活者各自が多様性を発現しつつ協調できる社会を形作っていけるのではないか。
これからは、主権を市民に禅譲し、個の多様性を尊重し、輝ける個が有機的にネットワーク化され、全体として統合・調和された世界の実現が鍵になってくるであろう。
4.web3実装社会実現に向けて解決すべき課題
とはいえ、web3実装社会の実現には解決すべき課題が数多くある。例えば生活者が情報を自分で管理するといっても、自身にまつわる情報は莫大で、到底きめ細かには管理することはできない。情報をコントロールするためのリテラシーや、簡便化するツールが必要で、情報を出し入れするデジタルウオレットやそれを自動化するAIの使い勝手や安全性を強化していく必要がある。
また前述のように、web3とその関連技術の進展により、サイバー世界で色々なことができるようになり活動領域が広がると、クリプトエコノミーやメタバース化の進展と共に、人はサイバー世界と現実の物理世界の両方に住むようになるが、両世界の繋ぎこみが大変だ。メールやSMSでスマホに認証コードを送ったりする今の本人確認の仕組みではいちいち繋ぎこみに手間暇かかりすぎる。生体認証などの技術を用いて、物理世界の本当の私とサイバー世界のDigital Meが間違いなく、シームレスかつリアルタイムにつながる必要がある。
DAOについてはフラットな組織と言いつつも、どういう具体的プロセス・ルールで方向性を決めていくのかの明確化・合意が必要となる。結局は金や権威を持っている人が投票権を多く持つのではといった懸念もあり、公平性の問題もある。
特に重要なのは、分散型アプローチでは、生活者である私自身が、私に関わる色々な人や物との関係性の中で影響を受け定義されていくことだ。私を1コンポーネントとして扱う中央集権的アプローチとは比べものにならない莫大なデータを取り扱う必要が出てきて、“データ爆発”が起こる。
また物事には数値化できるものとできないものがあり、資本主義は基本的には物事を数値化し経済合理性という基準に照らした判断を行ってきてあまねく普及したが、精神的充足の部分については数値化できないファクタも多く、経済合理性に代わる新たなや評価指標や判断基準が、来るべき社会では必要となる。
そして、コンセプトが実証されて、その後クリティカルマスに達するにはキラーアプリケーションや、WEB活用におけるスマートフォーンのようなキラーツールが必要で、それは一体何なのかといった課題がある。
web3システムが真に機能し、来るべき社会に沿うようなものとなるには、諸々の課題を克服していく必要がある。
5.web3の経済圏・ビジネス事例【ファンマーケティング(推し活) 経済圏】
経済圏・ビジネスにおいても、この「物質的充足から精神的充足へ」、「物から文脈へ」、そして「生活者主権へ」のシフトが起こりつつある分野がある。その一例がファンマーケティング(推し活)である。若い世代においては物への興味がなく、昭和世代のように、車が欲しい、服やブランド物が欲しいという物欲が、Z世代以降の若者にはない。その代わりに自分の好きなもの、趣味や推しに対しては、とことんお金をつぎ込み、自分の回りを好きなもので埋める。好きな世界で活動し、それを通じて自己表現し精神的な充足を得る。服はユニクロで良く、アパートや食べ物も質素で構わず、収入の大半を趣味や推しに費やす。ここに費やされるお金は可処分所得の大半を占める。同世代や同じ行動パターンを持つ生活者において、趣味や推し活の周りにかなり大きな新たな経済圏が出現し始めている。
推し活の場合、好きな歌手やタレント(クリエーター)のCDを買ったりコンサートチケットを買ったりというだけでなく、遠方で開催されるコンサートに行くために飛行機代を使い、ホテルの宿泊費を払い、推しと同じような服装を買ったりと、間接的な部分にも多大なお金を使う。お金の使い方や使う分野も個々人で異なり、多種多様である。ただ、ファンの本音は、「私はこれだけ色々なところにお金を使って推しているのだから、部分的に見るのではなく、使っているお金の総量を理解して私の思い入れや貢献を評価してよ」ということになると思われるが、残念ながら、今のシステムではこの総量が捉えられない。現行のWeb2.0型の「サプライヤ→顧客(ファン)」視点のシステムではデータが繋がらずに、ファン個々の全体像が見えてこない。逆方向のファンを中心とする、「顧客(ファン)→サプライヤ」視点での分散型のデータ管理とそのデータ統合が必要となり、web3型のアプローチやシステムが必要となる。
また、web3分散型ネットワークにより、ファンとクリエーターが仲介者なしに直接繋がり、インタラクティブな関係を築くことができ、またファンはデータを自分でコントロールし、より安心且つ自分の求める体験を得る。ブロックチェーンで取引の透明性と信頼性が向上し、ファングッズの偽造品の防止に役立つ。スマートコントラクトで契約が自動化され、購入から入場・視聴までのプロセスがスムーズ化する。NFTによりファンは唯一無二のデジタルアイテムを所有し、価値が保証され希少性を楽しめる。トークナイゼーションによって、ファンは特定の活動に対するトークンを獲得し、VIP待遇や限定特典を得る。加えてチャットやSNSが独自のコミュニティ創生を後押しする。
このあたり、ファンマーケティング(推し活)にフォーカスしたweb3の可能性があるだろう。
6.まとめ
web3は時代の潮流にあったシステムと言え、新たな経済圏・経済活動の推進をサポートするシステムと言えるのではないか。結局、生活者は自己表現、自己実現ができることに、よりお金を使うようになる。マーケットが変化を起こすとき、時代の潮流に乗り、先んじて取り組みを行ったものが勝つのがビジネスの常だ。ソートリーダーシップのアプローチで、あるべき未来像を描きコンセプトを創っていく一方で、テクノロジが社会実装されて具体的な社会価値となるまでには多くの課題を洗い出し克服する必要がある。このあたりを皆様と一緒に議論、チューンアップしていければと考えている。
国際社会経済研究所(IISE) 特別研究主幹
池野 昌宏