自動運転や防災・減災まで 地図アプリだけじゃない測位衛星の活用事例
自動車のカーナビゲーションシステムやスマートフォンの位置情報サービスに活用されている、衛星測位システム。アメリカによる28機の人口衛星からなる全地球測位システム「GPS」がおなじみですが、日本でも準天頂衛星システム「みちびき(Quasi-Zenith Satellite System、QZSS)」が、測位衛星4機体制で2018年から運用されています。
衛星測位システムは、複数の測位衛星から発信した電波を(スマートフォン等の)受信機が受け取り、測位衛星それぞれとの距離を測り受信機の場所を特定するのが基本的な仕組み。場所の特定は4機の測位衛星によってなされるケースが多いですが、より多くの衛星からの電波を受け取れば、位置情報の精度はより高くなっていきます。
アメリカによるGPSは地球全体を漏れなくカバーするため、測位衛星が均等に配置されるよう軌道上を周回しているのが特徴。一方で日本の「みちびき」は、日本からオーストラリアの上空を大きく8の字を描く「準天頂軌道」で3機の人工衛星が運用されており(1機は静止軌道を周回)、アジア・オセアニア地域に特化した衛星測位システムになります。
近年は「みちびき」をはじめとした衛星測位システムはもちろん、測位情報を活用するため、幅広い用途の地上用デバイスの開発も進められています。様々な用途で導入が進んでいる衛星測位システムの活用事例、その一部を紹介します。
自動運転を用いた、一次産業やインフラ管理への活用
高度な衛星測位システムの利用を通して目標とされているもののひとつが、自動車などの自動運転システムの実現です。道路を外れず、車両同士を正しい距離をおいて衝突しないように運行するためには、自動車の位置を正しく把握する仕組みが必要。そこで、自動運転の実現に向け、数cmの誤差で位置情報を管理できる衛星測位システム活用の道が模索されています。
しかしながら、現在の衛星測位システムの技術では、対象物の位置情報を「リアルタイムで」把握するのは不可能。位置情報の取得に数十秒のタイムラグが発生してしまうため、衛星測位システムはあくまでも「自動運転を補助するもの」として導入されているのが現状です。
現在は、数cm単位での位置情報把握が必要でありながら、モノと車両が衝突する恐れのない限られた場所における自動運転の補助に衛星測位システムが用いられています。
農業における自動運転の活用
例えば農業の現場では、業務効率化のために衛星測位システムを用いた産業機器の実証実験が進められています。
そのうちの1つが、トラクターをはじめとした農機の自動運転。苗植えや収穫等、それぞれの作業に応じた運行コースをあらかじめ設定し、それと機器側の測位情報を照らし合わせることで、農機をより精度高く運行させることができるように。加えて、近年では測位情報を用いて肥料や農薬を散布するドローンを運用する場面も増えています。
衛星測位システムを用いた運用をすることで、機器の操縦が得意でない人、不慣れな人であっても、効率よく、かつ楽に機器を扱えるようになります。「農家の人手不足」という課題を解決するうえでも、非常に大きなメリットです。
インフラ管理における自動運転の活用
道路や建設物の老朽化、メンテナンスを行う人材不足など、近年の大きな課題となっているインフラの管理。現在使用している設備をより安全に、かつ長期的に使用するため、ロボットやAIを用いたインフラ点検の少人化・自動化の道が模索されています。
現在インフラ点検に用いられるようになっているのが、ドローン。これまでは、建物の天井裏や地下、高所、閉所といった「暗くて狭い」で場所あっても、作業員が実際にその場へ足を運び、目視で点検を行っていました。
しかし姿勢制御技術の向上やカメラの小型化により、点検プロセスの一部をドローンが代替。位置情報を利用してドローンを自動飛行させることで、より安全にかつ効率よく、点検作業を行えるようになっています。農業機器と同様に、熟練のオペレーターでなくてもドローン操縦が行えることも大きなメリットです。
他に自動運転システムを応用して実証実験が進められているのが、衛星測位システムを活用した除雪車の自動運行です。
インフラ管理を担う技術者と同様に、慢性的な人員不足が課題となっている除雪作業員。衛星測位システムを用いて取得した位置情報と道路情報を組み合わせ、除雪車は道路に沿って走りつつ、ルート上にある構造物を避けて除雪作業ができるように。オペレーターの作業支援を目的とした取り組みですが、ゆくゆくは「除雪車運行の完全自動化」を視野に入れ、現在も実証実験が進められているとのこと。
災害時はもちろん、地震予測に活用する道も
圏外エリアでも繋がる強みを、災害時に活用
災害時に通信が断絶してしまった場所にて、情報伝達手段としてみちびきを活用する取り組みが進められています。
衛星測位システムは、測位衛星からの電波を端末が受信して受信機が自らの位置を特定します。そのため、スマートフォンに通信基地局からの電波が届かないような圏外エリアでも、測位衛星からの電波を受信できれば位置情報は取得可能。この「通信基地局を経由せずに、衛星からの電波を受信する」特性が、データ通信が不通になりがちな災害時に大きな役割を果たすのです。
そのひとつが、みちびきの「災害通報」サービスです。これは省庁が発表した災害情報を、みちびきを経由させ、街中のサイネージやカーナビに送信するシステム。災害後の通信インフラの状況に関わらず、緊急性が高い情報を即座に届けられるのが同サービスの特徴です。
同じく災害時に利用できるみちびきのサービスが、衛星安否確認サービス「Q-ANPI」。災害時に避難所から、みちびきを経由させて情報伝達をするサービスです。被災者が遠方の家族へ安否を伝えるためだけでなく、避難所や被災の状況などの情報発信といった用途での活用が想定されています。
測位情報を用いた地震予測・津波予測のシステム
現在は衛星測位システムを用いた地震予測の取り組みも始まっています。
これは、国内のあちこちに設置された測位情報受信機の座標を測位衛星でモニタリング、大規模な地震の前触れとして起きる地殻変動を受信機の動きを通して観測することで、向こう数ヶ月の間で起きる可能性の高い地震を予測する、という仕組みです。
このシステム用いた地震予測システム「MEGA地震予測」を提供しているのが、株式会社地震科学探査機構(JESEA)。同機構は2011年3月11日の東日本大震災でも地震が起きる数日前に大きな地殻変動を観測していたことを発表しています。
また、災害時には津波の予測に測位情報を用いる取り組みも。これは、受信機能を持たせたブイを海上に設置、地震直後にその動きをモニタリングすることで海面の動き、つまり津波が沿岸に到達するタイミングを予測する仕組みです。
測位情報は「地震が起きた後」だけではなく、減災の取り組みにも用いられるようになっているのです。
様々な用途にあわせた、測位情報サービスも
離れて暮らす家族の安全を守る、見守りシステム
衛星測位システムを活用した、高齢者のための「見守り」サービスを提供する企業も増えています。
認知症を患った方のケアにあたり、携わる人を悩ませるのが「徘徊」の問題です。ストレスや不安によって認知症の方がうろうろと歩き回る状態のことで、徘徊の過程で家から外に出て、そのまま行方不明になってしまう人も。警視庁によると2022年の認知症の疑いのある行方不明者は約1万8千人と発表されており、地域や社会をあげた対策が求められています。
衛星測位システムを用いた見守りシステムは、受信機を靴や杖に取り付けて対象者に端末を日常的に身に着けてもらい、予定していない外出であってもその行き先を特定できるようにするのが主な仕組みです。同様のサービスが多くの企業から提供されており、中には「ある一定のエリアから離れたら、家族のスマートフォンに通知を出す」等の機能を持つものも。
他には、小学生の登下校時の安全を守るために同様のシステムが用いられるなど、使用者のニーズに応じて、幅広い見守りシステムが提供されるようになっています。
「SNS×位置情報」のコミュニケーションツールも
また近年では、若い世代の間で位置情報を用いたSNSが友人同士のコミュニケーションに用いられる場合もあります。位置情報共有アプリ「whoo(フー)」は、使用している人同士で、お互いの位置情報を共有できるスマートフォンアプリです。
友人同士で位置情報をシェアし合うことで、待ち合わせはもちろん、連絡を取り合う際の「いまどこ?」「いまなにしている?」といった確認が不要になるのが大きなメリットです。たまたま近くにいる友だちと気軽に連絡を取り、隙間時間で会う時などに使用するのだとか。もちろん、自分の場所を隠す機能「ゴーストモード」も用意されています。
以前は「位置情報アプリ」に「自分の場所を把握される、なんとなく怖いもの」というイメージを持つ方が多い印象がありましたが、今後はカジュアルに位置情報をシェアしてコミュニケーションを取る人も増えていくのかもしれません。
スポーツ用途では、プレイヤー用デバイスも進化
スポーツでは、選手たちの動きをモニタリング、パフォーマンスの管理や戦略分析に衛星測位システムが用いられています。
例えば、サッカーやラグビーでは、選手が常に受信機を身に着けて試合や練習を行うことで、一人ひとりの走行距離やその動きを管理。選手のコンディションや戦術の分析が当たり前に行われるようになっています。収集したデータは、科学的な分析に基づいた練習メニューの構築にも使用されます。
そして、測位情報を利用したデバイス側が大きく発展している例も。例えばマラソンでは、競技中のランナーが使用するスマートウォッチに測位情報の受信機の機能を持たせ、ゴールまでの残りの距離や理想的なコース取り、走っている場所の天気や気温を表示させることで、ランナーのパフォーマンス向上に役立てられています。
またゴルフでは、腕時計型の測位情報デバイスが登場。位置情報からユーザーが今いるコースを特定して画面上に表示するだけでなく、ボールの飛距離や、現在地からグリーンまでの距離を計測できます。ゴルファーの間ではすでにお馴染みのデバイスになっており、専用の機器だけでなく、ゴルフナビの機能をもったスマートウォッチなども登場しています。
今後の測位システムの発展と、活用に期待したい
これまでは、光学衛星やSAR衛星といった観測衛星によって取得したデータが中心だった、産業における衛星データ活用。しかし測位衛星によるデータも、幅広い用途での活用が進められています。今後も測位衛星そして地上用デバイスの発展によって、想像もできない領域やサービスで、活用の幅が広がっていくことでしょう。
企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
文:伊藤 駿(ノオト)、編集:ノオト
参考文献
・みちびき(準天頂衛星システム:QZSS)公式サイト. “みちびきの優位性”.
・みちびき(準天頂衛星システム:QZSS)公式サイト. “みちびきの軌道”.
・みちびき(準天頂衛星システム:QZSS)公式サイト. “利用イメージ”.
・みちびき(準天頂衛星システム:QZSS)公式サイト. “利活用事例集”.
・JAXA.“農機のロボット化で日本の農業問題を解決したい”.
・みちびき(準天頂衛星システム:QZSS)公式サイト. “災害・危機管理通報サービス「災危通報」”.
・みちびき(準天頂衛星システム:QZSS)公式サイト. “衛星安否確認サービス「Q-ANPI」”.
・地震科学探査機構(JESEA). “地震前に起きる様々な前兆現象―測位衛星(GNSS)観測による地殻変動―”.
・みちびき(準天頂衛星システム:QZSS)公式サイト. “GPS津波計の高機能化へ向けた東大地震研らの挑戦”.
・高橋暁子. “Whooって知ってる? 高校生は位置情報共有アプリが好き過ぎる”.