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episode1


これからの話

実の親の顔は、今はもう正直覚えていない。性格として、母は少々空想世界に浸りやすく、父は結果主義だった。
弟は中々不憫で、可哀想な目に遭っていた事は覚えている。今はどう過ごしているかは分からない。

川で拾っただの、山で拾っただの、動物園に落ちていただの、数多くの場所から拾われたらしい僕は、当時己に名は無くあだ名が付けられていた。
(当然、拾った何てそんなことは無いのだろう。)

ここから先紡がれる言葉も、作り話だと言えばかなりメタい話になる。しかしながら、今の僕を形成しているのは間違いなく過去の環境、刺激、言葉であり、正直に綴るのも気が引ける為、少々ファンタジーに描かせて頂いている。

きっとこれは、空想世界が好きな母譲りだ。

一種の娯楽として、楽しんで頂ければ幸いである。
××××年、×月×日、×××


僕を取り巻く環境

中々、上手に生きることは難しかった。
虐げられる事に気付かぬフリをしたし、虐げられても何も感じぬフリをして、じゃあ何故虐げられたかを考えては考えるのをやめて、無闇に誰かと関わらない方が良いだろうなと壁を張る事が早かった。

極々一般的で、極々普通な家庭。
寡黙で記憶のある内に会話をした記憶の無い父と、陽気で口から産まれたであろう程にやかましい母。
僕と同じように、小さく生まれてきた弟。
詳しく話すと大元から逸れてしまう為、適当にいずれ纏めておくとする。

何故虐げられたのか?
きっとそれは、圧倒的に“産まれた種族”の問題だ。

尖った耳、特徴はそれだけ。
大体はエルフ族と勘違いされるが、生憎エルフ族の様な術は使えない。高貴でも無ければ、気高くも無い。


僕たち“ミミック”という種族は、あまりにも弱くて下等な種族だった。


下等とは

【下等】品質や品性が劣っている様。低級。

まるで奴隷だった。
知らないどこかの悪魔の世話をしたり、介護、炊飯、掃除、洗濯。なんの種族が偉いのか知らないが、僕の周りには父と母、弟以外に他人が居た。
悪魔の世話をする為の資金は、父と母が労働して稼いでいて、当時労働する能力の無かった僕と弟は数々の虐げを受けながら悪魔と過ごす日々を送り、部屋の隅で丸まって過ごしていた。
随分と、窮屈だった。

労働させる事が目当てでは無い。きっと、生き長らえる為の術を惨めに探している様を見る事が餌になっている。悪魔に連れて行かれた施設は、古臭くて湿った匂いのする、閉鎖的な鳥籠だった。


ここからの記憶が、あまり無い。
思い出そうとするも何を思い出すのかと漠然として、思考する糸がハサミで切られる様に真っ白になってしまうのだ。
だから、鳥籠での話は全くと言っていい程書く事が無い。
やった事と言えば、労働。以上だ。

気持ちとか、感情とか、そういう類は一旦何処かに捨ててしまった。自身に宿っているだけで、何となく辛かったからだ。
いつ死ぬかも分からない、明日生きるかも分からない世界で、“生きたい”と願うのも馬鹿らしかった。
こちらを見て蔑むあの目が、嘲笑うあの口角が、罵声罵倒を浴びせるあの牙が、ただ時折憎らしかった。

吸血鬼、夜叉、夢魔、鬼。
他にもゴロゴロと居る上級と言われる悪魔たちは、無様に生き長らえる僕たち下等な種族を、弱い存在を、嗤っていた。

施設でこれから先も生きて、労働して、多分時が来たら死ぬ。

先の決められた未来を、これ以上望むことは無かった。それが“下等”である種族に唯一許されている事だと思った。

拾われて、今

杜撰に詰め込まれた種族の鳥籠は、どうやら悪魔の上の方でも偉い種族に無断で行われてきた様で呆気なく取り壊された。
あまり覚えていないが、大人の手を借りないと生きる事が難しかったのが、気付けば1人で生きる事ができるくらい成長してしまった。
流れるように事が進んで、久方振りに見た空は曇天だった。

早く歩く事を催促されない歩幅を、ゆっくり変えながら歩いて、歩いて、座り込んだ。
もう、知ってる場所に、父も母も居なかった。
廃れた建物に背中を預けてもたれ掛かる。
惚けていたら頬が濡れた。

誰かに何かを縛られることがない、突然手にしてしまった自由をどう弄ぼうか思考したが、それすらも今は疲れていた。
そういえば、あまり眠れなかった気がする。
そういえば、あまり休まなかった気がする。

一度瞼を落とした。
視界は暗転して、頭が落ち着く気がした。





「おい。」

ふと声をかけられて、ゆっくりと目を開けた。
見上げると、見知らぬ、憎らしい姿がこちらを見下ろしている。
何だ、こいつ。

必ず後悔させてやると、この時は思った。
洒落た翻る服、装飾、赤目に牙。
どう見ても高貴で、上級の悪魔の身なり。何を考えているのか分からない瞳に、見慣れないが整えられ艶のある青髪。
自分と生きてきた世界が、あまりにも違いすぎる。

はいはい、ここでくたばるなって話だろ。
自分の中でもう無くなったと思っていた感情が顔を出した。今まで雑に、酷く好き勝手弄んでいた種族がまた自分の前に現れた事が、こちらを見て釣り上げられた口角が、愉悦に綻ばれる事が、いつまでも自分を下等に見ている奴らと同じで酷く、もう生き辛かった。

いっそ、殺してくれ。
自分で死ぬ事が出来ない弱虫の思考だ。
そんなことを思う自分にも、嫌気が差した。


僕に出会ったことを、絶対に後悔する。
こちらに伸ばされた手を見て、そう思った。


後悔させてやると思った


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