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episode3

何を言われれば喜んで、傷付いて、怒って、嬉しがるか簡単に分かる…ようになってきた。こんなのは能力でも何でもなく、恐らく少し考えれば誰にでもできる事だ。
だから怒らせないように言葉を紡いだし、媚び諂った。苛立っても黙ってたし、相手が望むような言葉を吐いた。そうやって生きてきた。

偶にその逆をして、予想通り傷ついた相手の表情を見て、愉悦に浸った。
だから今、目の前にいるコイツが見せた事もない表情で、突発的に怒りを顕にしている事が、堪らなく愉快だ。

「────二度とその姿になるな。」

喉元に突き立てられた暗器が震えている。


時は実に。
この屋敷に、“オズ”に、ニアという名に慣れた頃に遡る。


部屋の隅に

毎日身なりを整えて、風呂に入り、飯を食う。そんな日常が当たり前になってきた頃、ようやく俺は口を開く事を覚えた。
偶に部屋に入ってきては生存確認をしに来るコイツの光景も見慣れて、部屋を出る時は必ずあのクリーム色の甘味を置いていく。

いつも気紛れだからと言って置いていくが、今日はそうとはいかせない。一旦待て、と腕を掴んで声を上げた。

「…名前、何?」

俺を勝手に“ニア”と呼ぶのは良いが、逆にこちらは困っていた。貴族で、吸血鬼で、それしか情報が無い。オイ、と呼ぼうものならすぐ首なんか胴体とおさらばの道一直線だ。

「あ?あー…オズ。」
「オズ?」
「そう。Osworld、オズワルド。」

気が済んだかと言うように丁重に掴んだ手を解かれて部屋を出ていった。部屋があって、布団があって、服があって、深くは干渉して来ない事が、未だに何を考えているのか分からない。
強いて言うなら、悪いものじゃないと置かれて行ったこのクリーム色の甘味の屑をどう処理しようか迷っていた。
素直に食ったことを、1度オズに見られ小馬鹿にされたのが癪で、それからずっと食べ終えた容器は部屋の隅に溜め隠してある。あの辺はもう立ち入ることすら許されないだろう、俺は絶対に近寄らないと決めている。

あの部屋の隅の屑が見つかった暁には、俺の命は無いかもしれない。



断片的に

とある昼下がり。ほとんど外に出ない俺の部屋に、オズが来た。どうやら俺について調べたいらしい。有難い話だ、俺もお前をどう刺してやろうか未だに考えあぐねているのだから。

「お前、自分の種族とかは分かってんのか」
「……ミミック。」

悪魔族の中でも下級一択だ。ミミックにできることなんてほとんど何も無い。馬鹿にされるか奴隷にされるか……答えるのも余り気乗りしないまま小さく呟いた。
ベッドに腰掛けていた俺の隣に座ったオズは、成程、と呟くと俺の手に、

「……え。何、髪の毛?」
「まぁ持ってろ、離すなよ。」

青い1本の細い髪の毛が置かれた。余りにも気まずい。あからさまに訝しげな表情を浮かべた俺に、流石に説得のひとつを入れるとそのまま捨てるなと言うように手を握られる。更に気まずい。

──と、燻っているのも束の間。

髪の毛を握っている手のひらが、ほんのりと、熱い。
青緑の光を弱々しく放ち、それが次第に手のひらに吸収されていく。腹の中がぐるぐると渦巻く様に動いて、何かを飲み込んだような気がした。

「余りにもカスすぎる。よく今まで生きてこれたな。」

離された手の中に握られていたはずの髪の毛は無くなっていて、辺りを見渡しても見つからない。何か小言を言われた気がしたが聞こえないフリをした。


「…そのまま、化けてみろ」




ゾワゾワと、背中に走る感覚があった。
あの時やはり何かされたのか、それとも何かやられたか、心臓が急激に音を立てた様な息苦しさを覚えた。
熱い感じの、上手くは言えないが喉が迫り上がる様な、全身に力が入って、骨が軋む様な。


「─────ほら、出来た。」

「……は、?」


ふと開放された様な息切れをして、瞬きを繰り返す。何だったんだ、何ができたと。胸元を握りしめる手指が、いつもより白い気がする。…こんな爪、青く塗っていたか?

ふと部屋に掛けられた化粧台に目を向ける。鏡があって、人影が2つ。
ベッドに腰かけ優雅に脚を組むオズと、そこに居たはずの俺の服を着た、オズ。
驚きに目を丸くした。が、同じように鏡の中のオズも目を丸くしている。




そう、ミミックとは。
擬態に特化した生き物である。

どうやら相手の物を持っていれば少しの時間だけが擬態出来る…らしい。実際突発的なこと過ぎて、自分自身ではまだ余り理解が追い付いてない。

必要なものはまず最低でも2つ。
・擬態する相手のもの。
 今後は視覚情報でも擬態出来るだろうが最初の内は無理だろう。
・魔力。

「御前、そんなカスみたいな魔力で良く生きてたな。そりゃあ擬態なんか出来る訳無ェか。」

魔力だの、擬態だの、正直程遠い所で育っていた。体力こそ無いが腹筋や肺活量には自信がある。意外と根性はある方だ。……否、こんなアピールは弱者の言う事だろうか。

程なくして擬態は解けた。時間経過で解けてしまうのは、俺の魔力が枯渇しているのもそうだがミミックの癖に擬態に慣れていないのが現状らしい。

「まァ、気が向いた時に特訓しとけばいずれ自分でも出来るようになる。ほいそれと擬態するなよ、いよいよ枯渇して死ぬからな。」

ぐ、ぱ、と手のひらの感覚をもう一度確かめる俺に向かって指をさす。自分に興味が湧いたのは初めてかもしれない…否、この一瞬にして様々な事に興味が湧いた。

「なぁ、羊皮紙と万年筆くれ」


吸収力の差に

万年筆は中々書けない。眉を寄せて苛立ちを募らせていると流石に見兼ねたのか溜息を吐いて持ち方から俺に教えて来たこいつ…否、オズ。それなりに教われば出来るものの、…習得までに時間は掛かった。太さも細さも上手く調節出来ず、とりあえずただ書く日が続いて、ようやっと文字になる。
最初の頃は嫌になり指でインクを伸ばし書いていた。流石に頭を抱えられた。

時折同じ様に紙の束を見ながら頭を抱えているオズの姿を見た事もあったが、上手くやり通しているらしい。その裏でどんな事をしているかまでは分からないが、こんなデカイ種族の首を早々に狩ろうとされない辺り穏便には済ませているのだろう。

つまりは立ち回りが上手いのだ。俺には到底出来ない。というより、魔族においてそんな繊細な事をする奴が居るのか?と疑うくらいだ。…だからこそこの屋敷を統べているのだろうけれど。



ミミックは、悪魔の中でも魔族の中でも強さを殆ど持たない下級生物だ。出来ることは擬態。俺自身は今それすら1人ではできない溢れ物。

何でも持っている奴を見ると、心のどこかで憎くて、心のどこかで自分を可哀想だと思ってみていた。



──────冒頭の話は、まだこの先の話になる。

【心境】
【指書きと万年筆】




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