真田と沢村とゲドーにも覚悟のカウンターが出来た事に気づかなかった真相
「覚悟のカウンターは真田と沢村とゲドーが既に実践済み」と言う「事実」に
一歩達と講談社と森川ジョージが気付かなかった真相はなんなのかわかったので報告
小島にとってこの事実を認めるとは「一歩に勝つ術を自分は有していない」と言う事を認める事を意味する
真田と沢村とゲドーの覚悟のカウンターに対し一歩は耐え切りましたからね
板垣にとってこの事実を認めるとは「自分は日本王者になる器がない」と言う事を認める事を意味する
真田は二階級制覇した元王者だし、沢村は日本王者になったし、ゲドーはフィリピン王者だからね
それに真田も沢村もゲドーも一歩の迫力に怯える事なく覚悟のカウンターができた
つまりは王者相手に一歩に迫力は通用しない事にもなる事実
だが板垣は一歩の迫力に怯えていたから、小島に覚悟のカウンターはできないと心で言い切った
一歩に迫力に怯える板垣は真田と沢村とゲドーより「弱い」事にもなるこの事実
そして真田も沢村もゲドーも一歩に負けた
つまり一歩の迫力に怯えない真田と沢村とゲドーをもってしても一歩に負けた以上
一歩の迫力に怯える板垣如きでは勝つ見込みは全くないと言う事になる事をも認める事を意味する
宮田にとってこの事実は、一歩の迫力に対し「命を投げ出す勇気と覚悟」がないと
一歩の迫力に屈すると言う趣旨のコメントを小島に対し心で言っていた
だが「被弾せず嘲笑う」戦法で一歩に挑んだ沢村が
「命を投げ出す勇気と覚悟」を持って覚悟のカウンターを実行したとは思えないし
八百長試合を行うゲドーも
「命を投げ出す勇気と覚悟」を持って覚悟のカウンターを実行したとは思えない
それに真田の試合中の真田に対するコメントに「冷静」があった以上
「冷静」と競合する概念である「命を投げ出す勇気と覚悟」を持って
覚悟のカウンターを実践したとは思えない
つまりは覚悟のカウンターを使うにおいて「命を投げ出す勇気と覚悟」は「不要」だと言う事を
真田と沢村とゲドーは証明した事を意味する事実であり
宮田にとってのこの事実は、一歩が最初に最強パターンを用いた相手である小田と同じ穴の狢
つまりは「根性無し」にしか過ぎない事を宮田自身が認め受け入れる事を意味する
一歩とのスパーを通しこれを事前に知らせる事ができなかった鴨川陣営とってのこの事実は
「付け入る隙はある戦術」だと言う事を認める事を意味する
この戦術を教える方針を打ち立てた鴨川と篠田と八木にとってのこの事実は
バロン栗田の言う通り「鴨川ジムは泥船」だと言う事を認める事を意味する
つまり「王者を輩出できないジム」にもなりかねない事を認める事を意味する
事実青木も木村も板垣もタイトルマッチで躓いている
一歩と鷹村が王者になれたのは、ジムの能力ではなく一歩と鷹村の才能の賜物にしか過ぎなかったことや
一歩と鷹村は分不相応な選手だと言う事にもなる事を認める事を意味する
青木と木村にとってのこの事実は
試合中に覚悟のカウンターを実践した真田と沢村とゲドーの姿を思い返し
小島もこれを狙っている事を認める事を意味する
ならばデンプシー破りを実践する事で
一歩が沢村対策ができる状態にしたヴァルグの真似をすれば済む話
だがそれができなかったから小島戦で一歩は覚悟のカウンターをもらってしまった
青木と木村にとってのこの事実を認める
及び覚悟のカウンターを事前に知らせるとは
一歩の迫力に物怖じせず
命を投げ出す勇気と覚悟を身につける事なく覚悟のカウンターを実践した
真田と沢村とゲドーの真似をする事を意味する
これは変な話だが
一歩に迫力に物怖じする事で覚悟のカウンターができない自分を「否定」し
かつ冷静にこれができる真田と沢村とゲドーの方が自分より「強い」と
言う事を素直に受け入れる事を意味する
つまり自分との戦いを行い自分に打ち勝たなければならない
つまり青木も木村も自分との戦いに「負けた」から
覚悟のカウンターは真田と沢村とゲドーが既に実践済みにして
小島もこれを実行しようとしている事にたどり着く事ができなかったし
練習中に覚悟のカウンターを使う事で一歩にこれを知らせる事ができなかった
そして実はこれ鷹村も鴨川ジムの面々
及び宮田と小島と同類だと言う事を示す事実なのだ
何故なら、試合後
真田と沢村とゲドーにもこれをやられていた事を指摘する事で
一歩を叱る事をしなかったからだ
もし鷹村が彼らと違うなら試合後
真田と沢村とゲドーにもこれをやられていたことを指摘する筈だからだ
何故ならこれは真田と沢村とゲドーが使った戦法と
「同じ手」を使い、通用しただけの試合結果にしか過ぎず
鷹村が彼らと違うなら「何やってんだ一歩」みたいな感じで叱るはずだからである
つまり鷹村も鴨川ジムの面々及び宮田と小島と実は同類にしか過ぎなかったから
覚悟のカウンターは真田と沢村とゲドーが既に実践済みだと言う事実を
認める事ができなかっただけの話なのだ
言葉及び練習で一歩にこれを知らせず
かつこの事実を認めなかった鷹村にとってのこの事実は
一歩と鷹村の師匠である鴨川の教えに欠陥があり
このスレの住人が言う様に「無能」だと言う事を認め
更に言うならこの教え方が罷り通る鴨川ジムは
バロン栗田の言う通り「泥船」だと言う事を認める事を意味する
つまりは自分には師匠を見る目がなかった事にもなる事を認める事を意味する
つまりは鴨川の無能さを理解する
いや違うな、鴨川は無能だと認める事を意味すると同時に
鴨川ジムは弱小ジムがお似合いだと言う図式を受け入れる事を意味するから
この事実を受け入れる事ができない
つまり鷹村自ら鴨川を無能扱いする事に繋がるから
真田と沢村とゲドーも覚悟のカウンターを冷静に実行していた事実を
認める事が出来ない
そして小島戦で覚悟のカウンターをもらう一歩に対し
観客達が「ブーイング」又は「冷笑」を行わなかった事を見れば
覚悟のカウンターは真田と沢村とゲドーが実践済みだと言う事実に対し
観客達も頑として認めない事がわかるのだ
観客達にとってのこの事実は
「一歩は悪口言われて当然の選手」扱いされてもおかしくない事実
更に言うと一歩が所属する鴨川ジムは
バロン栗田の言う通り「泥船」扱いされてもおかしくないジムと扱う事を意味する
つまりは「鴨川は名伯楽」及び「一歩は世界に最も近い選手」と言うのを
「間違った認識」と扱う事を意味する
事実ゴンザレス戦及びゲバラ戦で一歩は負けている
だがそれでもなお真田と沢村とゲドーも
覚悟のカウンターを実践していたと言う事実を認めず
「一歩は世界に最も近い選手」及び「鴨川は名伯楽」と言う認識を見直さなかった
観客達にとってのこれらは
「選手を見る目がない」と言う事を認める事を意味する
「観客の目は肥えている」と言う作中の扱いが誤りだと言う事を認める事を意味する
だからこの事実を認める事が出来ない
そして一歩も真田と沢村とゲドーも覚悟のカウンターを実行していた事実を
頑として認めない
一歩にとってのこの事実は
「鴨川ジムの方針通りに練習した」ら覚悟のカウンターを貰いました
及び「一歩の独自研究で練習した」ら覚悟のカウンターを貰いましたと言うのが
「歴然とした事実」だという事を意味する
つまり小島の言う通り「指導者が悪い」と言う事を認める事を意味する
更に言うと「練習が一歩を裏切った」と言う事を一歩は認める事を意味する
そして一歩は「猛練習」を行う事で対戦に挑んでいた
ヴァルグが驚嘆するレベルである
つまり一歩にとってのこの事実は
鴨川ジム及び練習内容を否定する事を意味する
つまり鴨川ジムの練習方針及び一歩の独自研究に基づく練習内容を否定すると
一歩にとって困る事があるから
覚悟のカウンターは真田と沢村とゲドーが既に実践済みと言う
事実を認める事が出来ない事になる
一歩にとってのこれらは
「鴨川に対する信頼感」及び「自己肯定感」を否定する事を意味する事実
つまりは縋るものを否定する事を意味する事実
更に言うならこの事実は
「一歩は強くなれない」にもなる事実
強くなりたいと言う一歩の願いが叶わない事にもなる事実
「同じ失敗を繰り返す強者」などいないからである
つまり一歩にとってのこの事実は
「自分は強くない」と言う事を認める事を意味する事実
だから覚悟のカウンターは真田と沢村とゲドーが既に実践済みと言う
「歴然とした事実」を認める事が出来ない
そして作中でこの事実に触れないと言うことは
講談社及び森川ジョージにとっても非常に困る事がある事を意味する
手掛かりは「はじめの一歩INDEX」でのインタビューの内容である
ここで「一歩を世界王者にしたい」と言う話を両者がしていた
つまり両者にとってこの事実は
「一歩は世界王者の器ではない」
又は「一歩は世界王者にしてチーズチャンピョンにしかならない」と言う図式を
認める事を意味する
だからこの事実を作中で触れる事が出来ない
つまり「都合の悪い事実」から目を逸らしているだけの話なのだ
これはあくまでも個人的見解なのだが
強さと言うのは「都合の悪い事実」と向き合った上で
「都合の悪い事実」に抗う力
所謂「メタ認知力」が必須項目だと思う
それが欠けている一歩達及び森川ジョージと講談社に
一歩と森川ジョージが求めているものである
「強いってどんな気持ちですか?」にたどり着くことはできないと思うのです
皆さんはどう思いますか?
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