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壁に白ペンキを塗り終えて、再びまっさらな部屋に戻った。
今年の夏がまるで夢のよう。
ふと気になって検索してみると、わが街の人口は名付けたタイトルよりもさらに数が減っていた。
人生で最も濃密だった夏が終わって、今のところ穏やかに過ごしている。ぼちぼち来春参加する写真展に向けて動き出すところ。このペースでは瞬きする間に年を越し、ひとつ欠伸をする間に春が来るみたいだ。
少し時間を巻き戻してみる。
今までSNSを中心に作品を展開してきたのに対し現実世界での制作は手探りの連続で、「今まで生きてきた中で学んだこと・経験したことすべてを使って作品を作れ」と言われているようだった。いわば卒業試験のような。
作るのは好きだけど、どんなに頑張っても美術の成績が上がらなかった(そもそもこの分野は頑張るもんじゃないと思う)人間にとっては、「何がわからないのかわからない」状態。
作品を完成した後も自らが井の中の蛙だということ、積み上げてきた知識も経験も小指の爪ほどでしかないことも痛いほどに知らされた。
そしてなにより、これまで何度も震災に関する散文を書いてきたものの、ここまで深く掘り下げて書いたのは初めてで、大袈裟かもしれないが正直地元の人に石を投げられるんじゃないかと覚悟した。吐き気がするほど怖かった。
「この街があまり好きではない」という一文から始まる文章を、地元の人にはどう感じるのだろう。
しかし、自分ももう限界だった。
正直な気持ちを、複雑な感情を押し殺して生きていかなければならないのか。
押し殺した末に形も輪郭も曖昧になったものを抱えて、何に苦しんでいるのかわからないままずっと苦しまなければならないのか。
正直な気持ちを隠して誰かと関わるのは嘘をつき続けているのと同じではないのか。
今まで出会った人達のことをがっかりさせてしまうかもしれないけど、限界だ、ここで正直な気持ちを吐き出そう、と筆を取ったのだった。
壁に文字を書くことは写経のようで、自分の今までを振り返った文をなぞるように筆を走らせると人生のハイライトが浮かんでくる。
作りながら人生が終わっていくような感覚に陥って、震災発生の瞬間、走馬灯が見えたあの感覚を思い出す。
いろんな物が淘汰されて、本当に大切にしたいものが見えた気がした。
先述の通り作品の発表は主にSNS上で、生の反応を見ることはほとんどない。
鑑賞者がどのように自分の作品を観るのかとても興味深かった。
風のようにするりと作品を見渡す人もいれば、一点を穴が開くほどじっくりと見る人もいる。
文章の一節を読んで同意を込めて笑ってる人もいれば、目頭をハンカチで押さえている人もいた。
それぞれ速さの違う秒針の時計が、小さなあの空間に同時に存在していた。
在廊中は最低限の作品説明しかしないものの、ふとした拍子で自らが作者だと知られる瞬間があった。
「作品に出会って救われた」とか「もっといろんな人に読んでもらいたい」と言ってくれる方。
台風で大変な場所から来た方には「見れて良かった」と言ってくださった。
「大丈夫、間違ってない」と笑いながら伝えてくれた地元の方もいれば、涙ながらに感想を伝えてくださった方もいた。
同じ世代の、少し似た境遇の方もいた。
そうか、あなたは“if”の世界に生きるわたしだったのか。
一方通行なんかじゃない、“作品が相手に届く”ってこういうことなのかと、初めてちゃんと肌で感じた。そこには温度が確かにあった。
閉幕した今、『1/143,701』の文章を書いた“わたし”は、別人とまではいかないが今の“わたし”から少し後ろに立っている。
今の“わたし”はそれを振り返ることなく、ただ前を見ている。
“震災”は時として都合の良い言い訳にもなりうる。
時としてそこに足を取られながらもそこから必死に逃れてきた。
そして作品を作り発表した今、ようやく“震災”という呪いからようやく解放された。
一生忘れられないし、時々しんどくもなる。乗り越えるとはまた違う。どうしたって地震は怖い。
それでも「明日はどうなってしまうかわからない」日々を越え、自分の人生についてようやく地に足をつけ考えられるようになった。
周りはもう結婚していれば子供もいて、世間的に今更かもしれない。
でも、呪いから解放されて軽くなった自分を、人生を精一杯生きたいと思った。
まだ間に合うと信じて。
参加作家とはいえ、作品を作っても結局自分は何者でもなかった。なれなかった。
何者でもなかったからこそ作れたのかもしれない、とも思う。
たとえ何者にもなれなくても、ずっと何かしら作っていくだろうし、手を動かし続けると思う。
今までだってそうしてきたし、これからもそうだろう。
直接頂いた生の反応をエネルギーにしばらくは生きていけそうです。
また新たな作品を発表できるよう頑張ります。
それまでどうかお元気で。
Reborn Art Festival2019、無事閉幕。
お越しくださった皆さんありがとうございました。