見出し画像

「論語」から、中国デジタルトランスフォーメーションを謎解きしてみよう。第137回

本シリーズのメインテーマは「論語」に現代的な解釈を与えること。そしてサブストーリーが、中国のDX(デジタルトランスフォーメーション)の分析です。中国の2010年代は、DXが革命的に進行しました。きっと後世、大きな研究対象となるでしょう。その先駆けを意識しています。また、この間、日本は何をしていたのか、についても考察したいと思います。
 
衛霊公十五の三十六~三十八
 
衛霊公十五の三十六
 
『子曰、君子貞而不諒。』
 
孔子曰く、「君子は大義を重んじ、小さなことにこだわらない。」
 
(現代中国的解釈)
 
自由貿易の大義は、重んじられなくなった。しかし自由貿易の結果、世界の貧富格差や地政学リスクの拡大を招いたのは間違いない。そのため見直しや修正が入るのは、当然だろう。しかし、最近では、デカップリングという政治的意図をもって、新しいサプライチェーンが構築されようとしている。それも半導体だけでなく、自動車用バッテリーなど、多方面にわたる。
 
(サブストーリー)
 
その結果、中国の半導体国産化計画は、頓挫した。2020年の自給率目標は49%だったが、2021年で16、7%に過ぎない。米国の圧力は、技術移転だけでなく、ついに投資にまでおよんできた。そんな中、「華虹半導体有限公司」のIPOが報じられた。
 
同社は2005年の設立だが、元をたどれば1997年にできた上海華虹微電子有限公司と日本NECの合弁企業・華虹NECである。2014年、香港市場へ上場、2023年8月、上海科創板市場へ重複上場した。2018年開設の科創板市場の歴史にとって、SMIC(ファウンドリー)、百済神州(生命科学)とならぶ3大IPOになるという。もちろん今年最大である。
 
上海張江に位置する中国2位、世界6位のファンドリー工場である。張江は、中国トップの中芯国際(SMIC)、芯原股份、各科微、聚辰股份、晶晨股份など500近い、半導体関連企業が、サプライチェーンを形成している。
 
上場目論見書によれば、2020~2022年までの売上は、67億3700万元、106億3000万元、167億8600万元と絶好調である。華虹の製品は、品不足に陥った普及品で、自動車、家電など幅広く利用され、SMICのように、半導体不況の影響は、直接受けていない。
 
ただし華虹の技術は、半導体微細化競争の最先端からは遠い。しかし華虹の28nm以上は安いがゆえ、設備稼働率は100%を超えているのだ。IPOによる資金調達その改善のためである。それは成功し、212億元を調達した。中国メディアは大きく報じたが、世界の半導体市場から俯瞰すれば、TSMCの熊本工場と同じような位置付けだろう。
 
衛霊公十五の三十七
 
『子曰、事君、敬其事、而後其食。』
 
孔子曰く、「主君に仕えるには、その仕事を慎んで行ない、報酬は後回しにする。」
 
(現代中国的解釈)
 
現代中国では、“医は算術”で間違いない。入院患者の家族は、今でも医者や看護師に、普通に金品を贈っている。手術中に追加料金を請求した医師、初診料を払わなければ、重傷でも治療しない病院など、報酬は完全に前払い方式である。オンライン診療や、薬のネット通販が発展し、患者の環境は、一部で改善が進んだ。しかしオフライン診療は旧態依然であった。
 
(サブストーリー)
 
中国では、いきなり総合病院へ行くことが多い。特に地方では顕著だ。田舎町にまとも開業医はなく、古株の薬剤師が抗生物質を投与するなど、医者のように振舞っている。そのため、これはまずい、という重病では、地方中核都市の総合病院まで足を運ばざるを得ない。
 
その結果、総合病院は、常にごった返している。そこに欲望と陰謀が渦まき、その対価として汚職腐敗が進む。かつて筆者が入院した山東省・青島市の総合病院の話である、妻の友人が薬を納入すべく、営業をかけらしい。しかし、よく聞いてみると、薬品メーカーの社員どころか、専門家でも何でもない。まったくの素人が人脈をたよりに怪しげな漢方薬を売り込んでいたのだ。総合病院の方も、組織的な対応はなく、あちこちスキが多い。そしてこのような売込みが成功してしまう。
 
最近、病院に対する汚職撲滅運動の嵐が吹き荒れている。全国で168人の病院長が、公開捜査の身となった。そこでは“54321リベートモデル”が定着していた。100万元のリベート原資がある場合、病院長が5%、副院長が4%、部長が3%などと役職に応じて取り分が決まっていたのだ。これにようやくメスが入った。業界の雰囲気は緊迫し、病院長たちは製薬会社との面会を拒否しているという。DXで解決できなかった問題には、やはり強権を用いるしかない。
 
衛霊公十五の三十八
 
『子曰、有教無類。』
 
孔子曰く、「人の価値は教育による。生まれの優劣ではない。」
 
(現代中国的解釈)
 
中国人の価値は、事業で成功するかどうかである。生まれの優劣ではない。そして実業で成功すると、必ず金融や不動産へ手を伸ばす、これは中国的本能といってよい。
 
(サブストーリー)
 
これは大成功した事業家でも変わらない。例えば、ネット通販大手、京東の創業者。劉強東は、9年前の対談で、いずれ利益の70%は金融で得るようになる、と述べていた。実際に金融事業は順調に発展し、金融を統括する子会社、京東数字科技有限公司は2020年、上海科創板市場へ上場した。しかし同年、アント・グループ上場中止に端を発する、当局によるプラットフォーム企業への“点検”が始まった。それが今年7月、震源だったアントが約1400億円の罰金を払うことでようやく終結を見た。
 
そして翌8月、京東科技は、Fintech王国を築くという創業者の夢を達成すべく、投資信託への進出を開始した。「小金庫」「穏健理財」「進階理財」「高端理財」などクラスにわかれ、通貨、債権、株式などに投資する。しかし、京東アプリ上で投資信託へのアクセスを見つけるのは、難しいという。まだアプリ改善の余地は大きいようだが、金融業界関係者は、京東のもつ大きなトラフィックから、成功への道は開かれていると見ている。夢は実現に近付いている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?