「論語」から、中国デジタルトランスフォーメーションを謎解きしてみよう。第112回
本シリーズのメインテーマは「論語」に現代的な解釈を与えること。そしてサブストーリーが、中国のDX(デジタルトランスフォーメーション)の分析です。中国の2010年代は、DXが革命的に進行しました。きっと後世、大きな研究対象となるでしょう。その先駆けを意識しています。また、この間、日本は何をしていたのか、についても考察したいと思います。
憲問十四の十一~十三
憲問十四の十一
『子曰、貧而無怨難、富而驕易。』
孔子曰く、「貧乏でいて、それを怨まないのは難しく、金持ちでいて、おごり高ぶらないのは易しい。」
(現代中国的解釈)
現代中国においては、金持ちでいておごり高ぶらないでいるのは一番難しい。強く立派に見せて、交渉力を高め、さらなる有利を追求していく。これはもはや本能と化している。
(サブストーリー)
おごり高ぶらない企業といえば、TikTokの抖音が思い浮かぶ。米トランプ前政権からの攻撃に耐えた経験も、骨太の企業にした要因かも知れない。現在は、圧倒的トラフィック量という自社の強みを、生活サービスへ向けている。ライブコマースの前進だけでは足らず、フードデリバリーサービスへ進出するという。この分野のトップランナーの美団と戦うのだ。
抖音が3月からフードデリバリーを全国展開、と伝えられると美団の株価が一時8%下落した。抖音の企業評価の高さがうかがわれる。
抖音はコロナ禍を最も巧みに利用した。抖音のライブコマースがブレイクしたきっかけは、2020年、ロックダウン中の武漢市の産品を取上げてからである。2021年7月には、出店者やユーザーにプラットフォームの提供を開始した。そして抖音のライブを見ながら、商品を注文する、というスタイルを定着させていく。ケンタッキー・フライド・チキンや、喜茶などの有力な“心動商家”の参加により、ユーザーとの接点が増え、吸引力は増した。フードデリバリー産業に、新しい探索方法を提示したのである。
憲問十四の十二
『子曰、孟公綽為趙魏老則優。不可以為膝薛大夫。』
孔子曰く、「孟公綽は趙や魏(いずれも後の大国)の家老なら適任だ。膝や薛(いずれも小国)の大臣にすべきでない。」
(現代中国的解釈)
アリババにはパートナー制度という特殊な枠組みがある。グループ各社の取締役を事実上ここで決めている。取締役会の上に屋上屋を重ねる存在で、問題視されてきた。アリババ最初の上場(香港2007年)でも問題となっていた。2014年のニューヨーク市場への上場では、それはなかった。中国企業が歓迎された時代だった。
(サブストーリー)
創業者・馬雲は、三十数人のパートナーの頂点に立ってきた。問題は、金融子会社からフィンテック企業へ、驚異の成長を遂げたアント・グループも支配下にあるることだった。かつて中国企業最大の時価総額を誇ったアリババと、世界最大の企業価値を持つユニコ―ン企業、アント・グループを、実質的に操っている。上場が成功すれば、さらに彼は。国民的人気にも支えられている。経営の一線から身を引いたとはいえ、絶大なカリスマを保っていた。
2020年11月のアント・グループ上場中止命令は、馬雲の排除命令だった。成功すれば、彼は莫大な富を手にするだろう。どれほどの力を持つのか、想像がつかなかった。
あれから2年後の2023年1月、アント・グループは、株主議決権の変更を発表した。複雑な所有関係でよくわからないが、とにかく馬雲の議決権は、53.46%から6.2%へ下がった。メディアは「馬雲、アント・グループを失う。」と大きく報じた。アントは新しい経営環境へ入った。
憲問十四の十三
『子路問成人。子曰、若臧武仲之知、公綽之不欲、卡荘子之勇、冉求之芸、文之以礼楽、亦可以為成人矣。曰、今之成人者、何必然。見利思義、見危授命、久要不忘平生之言、亦可以為成人矣。』
子路が完成された人物について問うた。孔子曰く、「臧武仲の智慧、公綽の無欲、卡荘子の勇気、冉求の芸、これらを整えるのに礼楽を用いるなら、完成された人物といえる。」孔子曰く、「昨今の完成された人物とは、そうとも言えない。利を見て、義を考え、危険に際して命を捧げ、約束や平常の発言を忘れないなら、完成された人物といえるだろう。」
(現代中国的解釈)
小米(シャオミ)の創業者・雷軍は、誰もが認めるスター経営者でありながら、その一方で、となりのいい子イメージを保つ稀有な存在だ。他の創業経営者に多い、くせつよ、悪漢といった暑苦しいイメージが少ない。
(サブストーリー)
しかし、年末年始、彼の周囲には、驚天動地の変化があった。年末には、総裁の王翔が辞任、共同創業者の洪鋒と王川が、第一線から退いた。さらに技術委員会の責任者、崔宝秋も離任した。2023年1月末には、インド市場立上げと開拓に貢献したJain氏が辞任した。
それ以前にも共同創業者の面々や、プロ経営者として招いた人物も去り、雷軍は、1人となってしまった。
小米はスマートフォンを基幹に、IOT家電を発売、さらに新エネルギー車生産に挑んでいる。小米は2010年の創業以来、まだ13年しか経っていない。あっという間に世界的なスマホ大手に躍り出て、その後、紆余曲折やアップダウンはあっても、おおむね順調に発展してきた。しかし2022年度の業績は厳しい。第1~第3四半期のスマホ世界出荷量は、1億1780万台、前年同期比19.4%下落した。中国国内シェアは、2021年の15.5%から2022年には13.7%に落ちた。苦境の中、莫大な投資と労力を要する新エネルギー車事業へ乗り出した。退いた元幹部たちは、もう俺たち出番ではない、考えたかどうか。メディアは、「雷軍、孤軍奮戦!」と見出しを付けた。雷軍のは、中国IT界では完成された人物に最も近かそうだ。ただし、この先のイメージはわからない。