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【第34回】新米大幅高値スタート 需要企業は安定仕入れ模索

24年産米は全国的に高温多照の気象条件によって生育が進んでおり、南九州の早期米も例年より早めに収穫作業が進み、7月中旬に第1便が出荷された。コメ不足状態にある消費地では早期新米が早めに入荷するのは願ってもないことだが、驚くのはその価格で昨年同期に比べ1俵当たり6000円から7000円も高い。


早期新米で最も早く概算金を提示したのが鹿児島県経済連。7月はじめ、コシヒカリについて7月末まで出荷分は1万9200円(60 kg玄米、1等、税込み)、8月1日以降1万8600円を各JAに通知した。前年産に比べると6000円高で、この情報がコメ業界を駆け巡って衝撃を与えた。

これまで農協系統の概算金は買い取り価格とは違い、いわば内金扱いで低価格がコメ業界の常識だった。早さを競う早期米であっても、いきなりこうした高値は予想されなかったからである。鹿児島経済連としても、需給状況を見れば早期米の争奪戦になることは明らかであり、商系集荷業者に負けないような価格を提示せざるを得なかったという面もある。

このことは早期米の一大産地宮崎県も同じで、さらにそれに続く関東にも同様の動きが広まった。

早期米主産地宮崎は生産者概算金2万円超え

宮崎県では、各地区の農協が早期米の収穫直前に生産者概算金を決めて生産者に通知した。コシヒカリは、はまゆう地区が7月23日までが1万9180円(前年比5600円高)、7月31日までが1万8404円(同5600円高)、8月1日以降が1万8014円(同5600円高)になっている。これに対して西都地区は、それぞれ2万600円(前年比6800円高)、2万100円(同6900円高)、1万9400円(同7000円高)。

同じ宮崎県内でも地区によって提示額に大きな開きがある。これは実際の集荷に当たる各農協の概算金に対する考え方、方針の違いによるが、それを差し置いても、ここまでの大幅引き上げは、確実な売り先がないとできない。

宮崎の早期米の扱い量は関西の大手卸のシェアが高い。情報通によるとこの大手卸は何としても早期米を確保するために「産地の言い値を飲む」という姿勢だったという。他の卸でも同じで、事前提示する購入価格が吊り上がった。

関東の仲介業者の中には、宮崎の早期米の数量が限られていることから「西日本で途中下車して首都圏まで渡って来ないのではないか」というところさえあった。実際、渡って来なかったわけではないが、首都圏着価格は2万4000円という高値で、5kg当たりの店頭価格は2780円という魚沼コシヒカリ並みの高値になった。

宮崎で早期米初出荷式が行なわれた同じ時期に都内の食品スーパーを回ってみると、精米の販売価格が安いことで知られるB社ではいつも15種類ほど置かれている5kg袋の精米が1袋を残してすべて空になっており、「コメ不足」になった理由が記されたお知らせが掲げてあった。他の多くのスーパーも同様の告知をしている。農水省はことあるごとに「スーパーに精米が置かれていること」をコメ不足でないことの根拠にしているが、実際にはそうしたことを言っていられないほど緊迫している。

坂本農水大臣は7月19日の記者会見で、早期米値上がりについて問われ、こう答えている。

「報道により承知しています。概算金はあくまで仮渡金であり、相対取引価格や民間在庫等と異なり当省への報告を求めていませんが、今後設定される普通期米も含め、各産地における令和6年産米の概算金の設定状況等について、引き続き報道等を注視してまいります。私自身は、需給が引き締まっているということで、特段、これによってさまざまな対応をするというような状況にはないと思っています」

坂本農水大臣 2024年7月19日の記者会見

あくまでも政府備蓄米放出等は考えていないことを強調した。

危機感が強い中・外食業者 仕入れ安定対策を探る

農水省の「コメ不足は起きていない」とする対外的なコメントとは裏腹に、筆者のところには危機感を持った中食や外食の仕入れ責任者が直接面談に来て、現状や対応策について意見を求められるようになった。

こうしたケースは極めて稀だったが、すでに5社と面談。中には月500tも消費するという企業もあったが、納入業者との契約は今年9月までで、その後の契約の目途が立っていないという。納入業者はいずれも大手で、そこまでしか余裕がないのかと改めて驚いてしまった。

この会社は一刻も早く10月からの仕入れの目途を立てたいと、しきりに新米情勢を聞かれたが、この時点では大幅高は避けられないとの見通しを述べるほかなかった。それでも具体的な購入価格を示して納入できる業者はいないのか聞いてきたので、相当に切羽詰まった状況であることを察せざるを得なかった。

おにぎり店舗を全国展開、海外出店もしている企業についても紹介しておこう。この企業ははコメにこだわり、使用原料米を北海道の「おぼろづき」、西日本の「ヒノヒカリ」、「大粒コシヒカリ」の3品種としている。大粒コシヒカリとはライスグレーダーの網目2mm以上の玄米。同社によるとこの大粒を使用するとおにぎりがふっくら仕上がり、冷めても食味が劣化しにくいという。

ただ、店舗数が多くなると指定産地原料米だけでは不足気味になることから、おにぎりに適したコメを探している段階。


こうした外食企業は、規模の大小こそあれ食糧法で供給や価格の安定が謳われているにもかかわらず、コメが非常にタイトになり価格が乱高下する理由がわからず、安定的な仕入れという視点から日本フードサービス協会のアドバイザーのアテンドで、まずは進んだ取り組みをしている関東の大規模稲作生産者と意見交換することになった。

外食企業が自ら産地に乗り込まざるを得ない現実

日本フードサービス協会のアドバイザーと外食企業3社の仕入れ責任者が訪れたのは、茨城県五霞町のS社。1993年の法人化当時、耕作面積は12haほどであったが、周辺農家の離農などもあって、受託作業の面積を拡大しつづけ、現在では水稲80ha、サツマイモ20haを耕作するまでになっている。

同社のコメ作りで特徴的なのは直播栽培に積極的に取り組んでいること。サツマイモ栽培と干し芋づくりにも乗り出し、人手確保のため、稲作の合理化に取り組まざるを得なかったという背景もある。当初は無人ヘリを使うこともあったが、ドローンが登場してからは播種から農薬・肥料散布までドローンで行なうようになった。

ドローンは2機あり、最初に購入したのは積載量20 kgの機種。2機目は30kgで、積載した種子等がなくなると自動で戻って来て、種子を積んだら元の場所に飛んで行って作業を再開するという優れもの。1ha播種する時間は10分ほどで、除草剤なら2分で撒き終えるという。ドローンで播種する面積は20haほどだが、圃場が分散しているため軽トラでの移動が必要になる。

もう一つ今年から取り入れた栽培方法が「マイコス菌」活用。マイコス菌は籾種に接種すると水なしでも水稲を栽培できる。水利は稲作農家にとって最大の関心事だが、この地区は利根川水系にありながら8月末には給水制限がかけられる。作業面積拡大のため作期を伸ばそうと思っても止水により刈取時期が限定される。これを解決するために導入したのがマイコス菌による乾田直播栽培で、作業工程と作業時間を格段に減らしながら、収穫時期を延ばし、かつ高温対策にもなる。

今回の意見交換会の主題は、自社が必要とするコメを今後どのようにして仕入れたら良いか。契約条件を巡って再見積もりのあり方などかなり突っ込んだやり取りがなされた。とくに価格条件では先行きの価格をどうやって双方が納得する形で行なうのかというところまで進んだ。

端境期のコメ不足は、こうした中・外食企業が自ら産地に乗り込んでコメを確保しなけばならなくなったという現実を突きつけた。

『農業経営者』2024年9月号


【著者】熊野孝文(くまの たかふみ)
鹿児島県鹿屋市生まれ。コメ記者歴40年、元「米穀新聞」記者。
同紙は2021 年10月、堂島コメ市場不認可に 伴い廃刊、以後フリーランスと して取材・執筆活動を続けている。著書に『ブランド米開発競争』 (中央公論新社)など。

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