【第35回】食糧法は何のため? 店頭にコメなし対策なし
令和のコメ騒動。マスメディアでたびたび取り上げられ、国会でも農水省の対応が問われているだけでなく、大阪府知事が政府備蓄米の緊急放出を要請するまでになった。
農水省はたびたび、コメの需給が逼迫している状況にはないと国会答弁しているが、質問者の野党議員が「傍観者のようなことを言うのではない」と怒るのも無理はない。
スーパーを何軒も廻ってもコメが置いていない状況を実際に見れば、消費者が不安になるのは当たり前。こうした事態が起きないようにするために食糧法が制定されたにも関わらず、現実には国民の不安を沈静化できないばかりか、大幅な価格の上昇を招いており、何のために法律まで作りコメ政策推進に莫大な税金をつぎ込んでいるのかわからない。消費者は巨額の税金を支払わされた上に高いコメを買わされるという二重の負担を背負わされている。
1993年のコメパニック後に起きたことを振り返れば、価格の高騰とともにタイ米との抱き合わせ販売というバカげた政策を強行した結果、一気にコメ離れが加速したように、令和のコメ騒動の後にはコメ離れが進み、市場が縮小するという負のスパイラルが繰り返され、コメの生産農家に対しても将来的に打撃を与えかねない。
需要量見通し大幅に狂う わずか4カ月で21万t増加
農水省の事務次官OBがコメの生産者が集まった講演会で「農水省のコメの需給見通しが外れるのはもはや伝統的」と述べたが、まさにその通りで今年度も大きく外れた。なにせ年間需要量を21万tも見誤ったのだから見通しが狂ったというレベルではない。
今年3月に開催された食糧部会で、今年度(23年7月~24年6月)の主食用米需要量を681万tと公表したが、わずか4カ月後に開催された食糧部会ではそれよりも21万t多い701万tと発表。農水省は後付けで需要量が増えた理由をさまざま述べている。
マスコミ向けにウケが良いように「訪日外国人の増加」を言うが、少し思慮深い人ならこの分の需要増加がわずかであるのに気づくはずだ。訪日外国人の滞在期間は平均9日程度なのだからコメの消費量増加など知れている。同じ期間に海外に出かける日本人もいるし、そもそも日本人の人口が減っているのでその分を引かなくてはいけない。そう指摘すると農水省は、あくまでもインバウンド需要について聞かれたので答えただけと強弁する。
コメ政策について何も知らないメディアなら鵜呑みにするだろうが、野党の政治家の中にも農水が言ったことを平然とユーチューブでアップする党首もいるのだから始末に負えない。
3月食糧部会で公表した需要量について著者が農水省に「インバウンド需要はどう見ているのか」と聞いたところ「それは年間需要に織り込み済み」と答えていた。どこに織り込んだのか聞いてみたいものである。
こうした一種詭弁とも言える答弁はまだある。国会でコメの価格高騰について質されても「相対価格は上がっていない」と答える。当たり前だ。
相対価格は、年間5000t以上の出荷業者から「契約時点の価格」を聞いている。この出荷業者は大方が全農県本部か広域農協。今年6月の価格でも出荷業者と卸が昨年10月の出来秋に価格を決めていれば、その価格が公表される。その時に価格を決めず数量だけ決め、昨年産までの価格から上下10%の間で価格を決めるという全農方式を採用したとしても、上げ幅は限られる。こうした価格を相対価格として公表するのだから上がらないのが当たり前なのだ。このことは先物市場での価格形成に大きな影響がある。
ストップ高連続の堂島先物 あっという間に2万円超え
8月13日から取引が始まった堂島取引所のコメ先物。取引対象は全国のコメ平均価格の指数で、具体的な産地銘柄を取引するわけではないが、平均米価を取引するという意味では、現物を扱わない一般投資家は参加しやすいという面もある。堂島取はこの内容を8月9日に米穀業者が集まった席で説明したが、業者側からは2度驚きの声が上がった。
一つには、実際に売り買いされているコメの価格に比べあまりにも基準価格が安いこと、しかもこの価格が税込みと知らされたことである。ストップ高に当たる上値の1万7520円でも安すぎるので値が付かないと予測されたが、取引が始まった8月13日は、25年2・4・6月限とも基準価格より値上がりしたとはいえ、ストップ高にはならず1万7200円が始値になった。その後14~16日もストップ高には至らず。この理由は商先業者が慣らし運転をしたという側面もあるが、出来高が各1枚ずつと少ないことも影響した。
しかし、マーケットメーカーが参入した8月20日からは様相が一変、連日ストップ高になり、あっという間に2万円を超えてしまった(8月27日現在)。当業者としては24年産米を売りヘッジしたいところだが、現物市場のスポット価格と先物価格が同水準になるまでは様子をみた方が良い。
集荷業者や生産者は、自産地の銘柄米が先行き価格について、堂島コメ平均との価格差を目途に買い手と先渡し契約をするという手法もとれる。より具体的な手数料や産地別格付け表は堂島取や商先業者が参加するセミナーが開催されるので、そちらで確認してほしい。
一向に収まらない 庭先価格の高騰
現物市場の新米高騰をみれば先物市場でのストップ高は当然とも言えるが、こうした状況がいつまで続くのかが米穀業者の目下の最大の関心事である。関東の集荷業者や仲介業者の間では、南九州の早期米のハシリ価格はある程度やむを得ないとみており、関東の早期米も高値でスタートするものの刈り取りが進めば価格も落ち着くとみていたのだが、実際にはそうはならず、庭先価格はハシリよりさらに高くなった。
慌てたのは集荷業者ばかりでなく農協も同じで、8月はじめに買取価格を生産者に示したものの、すぐにその金額に上乗せした農協もある。
これは南海トラフ地震の注意報が出て、消費者がコメ、水、ボンベなどの買いだめに走ったことも大きな要因だ。新米を売り棚に並べてもすぐに消えてしまうという状況で、スーパーサイドから「いくらでも良いからすぐコメを持ってきてくれ」という要請がなされたことも大きい。
実際、マスメディアでコメ不足が伝えられるたびにコメの売り棚からコメが消える状況が続いており、新米の出回りが本格化しても簡単に落ち着きそうにない。
コメ卸の中には23年産米の在庫が早期に無くなったことから24年産米は一年のスパンを14カ月でみないといけないとし、仮に24年産米が平年作でも需給は緩和しないとみている卸もいる。しかも台風10号が日本列島を縦断しそうで(8月27日現在)、刈り取り遅れが懸念される事態になってきた。
農水省は大阪府から備蓄米の緊急売却要請がなされても「慎重に対応したい」と述べるに留まったが、末端消費の現場ではコメ不足の混乱が広がっており、この状況を放置する姿勢が問われる。
一応加工用向けには1万tの18年産政府備蓄米売価を決め、最初に8月20日に半分の5000tを入札販売したが、応札業者によると1俵1万2000円でも落札できなかったとしており、下限価格が予想を上回る高値であったことが伺える。このことからして米価を大幅に上げるという政治的な力が働いているとしか思えない。
『農業経営者』2024年10月号
【著者】熊野孝文(くまの たかふみ)
鹿児島県鹿屋市生まれ。コメ記者歴40年、元「米穀新聞」記者。
同紙は2021 年10月、堂島コメ市場不認可に 伴い廃刊、以後フリーランスと して取材・執筆活動を続けている。著書に『ブランド米開発競争』 (中央公論新社)など。